書簡・編

おたくもすなる日記といふものを、我もしてみむとて、するなり。

064_2023年10月16日_キリエのうた、ガラス花、ジャニーズ最後の日

拝啓 

 例年であれば爽やかに感じる金木犀の香が、今年は暴力的に思える程に強く香ってきます。五感とは、その時節の気分にも左右されるものなのでしょうか。同じく作品のうけとり方も。

キリエのうた

『キリエのうた』公開初日のレイトショーで拝見しました。試写会で観た方の絶賛は把握しつつも、小説版を読んだ方の「覚悟して観ないと」との言葉等、ネタバレ忌避派なのに得てしまった事前情報から観るのをちょっと恐れてすらいましたが、冒頭から覆されました。広がる風景の美しさや風合い、話の間合いや速度から、この映画を好きになりそうと思った開始数分。3時間を経て日付が変わる頃、贖罪、天災、人生の理不尽…重い縦糸に編まれる物語の鑑賞後でありながら、北斗さん=夏彦の在り方に腹落ちしたことで深夜の映画館を出る足取りも軽く、心楽しくなりました。キリスト教の素養もないから「主よ憐れみたまえ」の意図は明確にはわからないし、次に観た時は泣くかもしれないし、憤るかもしれないけれど。今回は自らの”しでかしてしまった”事と災害に翻弄される夏彦の来し方を紐解き、キリエ(路花)とイッコ(真緒里)の関係性を微笑ましく見守り、キリエ(=路花)の音楽家としての成長を楽しむ3時間でした。

印象的だったのは夏彦の内面が語らずして自ずと表れていたこと。葛藤と同居するずるさや小賢しさ。誰もが持つ負の感情。自身のそれも、他人が隠し持つそれにも敏感で、それらを回避せずにきちんと見つめてきた人だからこその人物造形ではないかと勝手に想像し、素晴しいことだと思いまし*1

 例えば友人に伴われて希が登場した瞬間からのぞく夏彦の打算。将来を期待されるプレッシャーこそあ*2、恵まれたお坊ちゃまの「彼氏とかいるの?」と切り出したこずるさの迫真さ*3に膝を打ちました。希に迫られた時の優柔不断で受け身な「えー...」は秀逸で、純と柊麿*4や若き日の夏代と鉄平*5の、女性に翻弄される様*6思い起こさせられたり。実際の北斗さんも時々、相手の出方の強さに気おされて「え…」となっておられること、あるような。

 希の事は好きではあるのだろうけれど、宗教的にも経済的にも女系という点でも、盂蘭盆会の光景から推し図れる潮見家とは圧倒的に異なる小塚家でのいたたまれな*7。幼い路花をかわいがっているし、外面よくそこに居るけれど「アーメン」とごく当り前に祈りを捧げる女性達の中での複雑な表情。駅での見え隠れする後悔。腹をくくったと口では言いながら「また電話するよ」に含まれた迷い。震災がなかったらその後あっさり希を捨てていたのでは、とさえ思えたり。普通の人間の内包する複雑さがありありと表れているように思いました。

 希との関係性を語る上で欠かせなかった性的描写。高校生という前提もあるからでしょうが煽情的にならず、観た後読む派がうっかり開いてしまった小説版の1頁の描写よりあっさりとしていて品すらあるような*8大阪で過去を語る表情も、最後に泣き崩れる様も、石巻へ走るシーンも、悲痛な心情は十分に伝わるけれど過剰にならない。様々な場面での、何か不思議なフィルターでもかけているかのように抑制の効いた感情の表出が私は好きです。

走るシーンは大変なご苦労だったと伺いました。かっこよく走るシーンも勿論よいですが、舞台挨拶で話題にのぼった「徐々に丸くなる背」のような、身体表現の的確さユニークさは北斗さんの強みだと思います。

ライターの相田冬二さんが『ノッキンオン・ロックドドア』第1話終盤で倒理が走るシーンを絶賛されていました。「脇腹を押さえたのは、あの人物が普通の人間であり、また、ある弱さを抱えた者であることを、あくまでも説明せずに、ひとつの予兆やヒントとして(別に気づかれなくても構わないよ、というスタンスと諦念で)塗(まぶ)した表現だからなのだと考えられる」と。これまでアクションを演って頂きたいと再三書いてしまい、「ボクらの時代」で空手の組手すら物騒と思っていたくらい闘うのは苦手と伺って申し訳なく思っていますが、アクションは対戦だけでなく、こういった身体表現も含むのです。北斗さんの独特で秀逸な身体表現をこれからも楽しみにしています。

抑制、品、身体表現と併せてもうひとつの重要で大好きな資質、巧まずして表れてしまうおかしみ。例えば「コメディーシチュエーションだった」と事前に伺って楽しみにしていた夏彦の登場シーンでの真緒里とのやりとりの何となく滲むそれ。これぞ松村北斗の夏彦、壮絶な人生でも100%の悲惨などあり得ないという微かな希望。この作品を深夜に1人で観ても嫌な後味がなかったのはこれらの北斗さんの特性のお陰かもしれませんし、北斗さんの作品を観ていくうえで私にはありがたいことです*9

岩井監督に、撮影終了と同時にまた一緒に映画を作りたいと言わしめたように、全身全霊でお仕事に臨み、ご一緒する方達の固い信頼を得ている北斗さんを誇らしく思います。カメラマンの方がオフショットとして公開された写真がその言葉を頂いた辺りなのでしょうか。クランクアップに立ち会いたかった気持ち、よくわかります。パンフレットで監督の音に対する見識を拝見しましたが、これだけ音楽を中心にすえた作品でありながら台詞が聞き取れないことがなかったことに後から感心したものでした。

余談ですが岩井監督、脚好きでいらっしゃいますか?夏彦のマンションのクローゼットから出てくる希、雪中の素足等、なかなか必要以上に脚を露出されているように思われ。監督自ら「ボクらの時代」で「オタク活動は仕事、職業選択はオタク故」と語っていらしたように、映画制作というのは一種の盲目的な愛好を形にするお仕事ではあろうかと思うのですが、例えば新海監督はご自分の作品の中のフェティッシュ要素にセルフツッコミしながら上手に足し引きされる方で、蜷川実花監督はフェティッシュ全開上等、それこそ制作意義とされているように思っていて、さて岩井監督についてはなんと評したらよいものでしょう(笑) 

 一部で物議を醸しているらしい罹災時の”服装”といい、波田目社長に襲われるシーンといい、アイナさんにはその点でも初演技にしてなかなかの大変な役でしたよね。希の自分の欲求に素直で素朴でありながら強かな人物像が強烈で*10路花の柔軟さや繊細さとの演じ分けは凄かった。一番好きだったのは高校生の路花が帯広の夏彦の家で1人別室で踊るシーンで、アイナさんの技術が路花の孤独を最大限に表現しているように思いました。路花の在り様も私がこの作品をファンタジーのようにうけとった要因と思うのですが、何よりイッコ=広瀬さんのファンタジー全振りが大きかった。素の真緒里の美しさ、結婚詐欺という生生しい犯罪、刺される末路もありながらのイッコの外連味の強さと非現実感。広瀬さんは常々”映画女優”だと思って拝見していたのですが、すごい存在感でした。逆の意味で、うっすら不精髭で日常生活をこなしながらも憔悴と後悔の果てに若いのに疲れが沁みついたような顔をさらし、美しく存在せずとも役柄を成立させた*11北斗さんも素晴しかった。お二人とも美しい外見故に不当に演技を割り引いて評価されがちだと思っていましたが、最早アイドル俳優とは誰にも言われないと思っています。

ガラス花

 北斗さんのソロについて語るのは難しくてここまで避けてきてしまいました。伝えるという事に心を砕き、伝わらなかった事実があれば自責の念を持ちそうな人の作品の、含意を読み間違える事への恐れ故。ましてや「初のオリジナルソロ曲」カバ―曲のソロパフォーマンスとは思い入れも段違いでしょう。しかも平素「魅力的な作品の一部でありたい」と語る人の珍しきど真ん中「テーマ・松村北斗」。当初アイナさんには聞かず嫌いの苦手意識があり*12、最初から怖気づいていました。今となっては全く気にならなくなった事ではあるのですが、北斗さんの語る制作意図は当然きちんと読み込んで額面通りに受取った上で、それでも「自分の好きな人だけ見てその声だけ聴いていられる至福の時間であろうソロ曲」で「自分より近い他の誰か」を想起されられて心傷める女の子がいたら自分もいたたまれないだろうなと思ったことも、正直にいえばありました。そのような理由もあって、数十回聴き、記事を読み、メイキングを視聴しMVを観て、それでも語り難くて映画を観てからと先延ばしにしていたこの曲の感想(いや、義務じゃないし(笑))

アイナさんが「夏彦さんと松村さんとの境界が曖昧」と仰っていたこの曲。夏彦の希への心情を重ねれば「咳払いでは拭えぬもの、全て投げ捨てて叫びたいけれどちっぽけな」僕は「とんでもない事をしでかしてしまった」浅慮を悔んでいるのか。「枯れずに割れた」のは別れの意思などなく災害に巻き込まれいなくなった希、「まだそちらには いけないよ」とは希なき今を後悔と贖罪の気持ちで生きる夏彦の、訥々とした自嘲めいた諦念とも思える。

「僕の事を笑ってくれよ」は『ザ松村北斗』感。素朴で繊細で純粋無垢な世界を真っ直ぐ歌う愚直な生真面目さも北斗さん的なような。一瞬己を解放するかのように声が広がり感情が奔逸するけれど、雨垂れが水たまりに作る波紋のように静かに拡がり静謐に収束していく。半径およそ4mに1人踊る様は、「あやめ」*13で花を叩きつけ走る姿とも、「みはり」*14の怒り、嘆き、ステージから飛び降り消える衝撃とも異なる、抑制的なシンプルさ。動きの柔軟さ大きさ、表現力は当時に比べて圧倒的に熟練している。私はステファン・ランビエールというフィギュアスケーターコンテンポラリーダンス的表現が大好きなのですが、彼曰く「かなり身体的に忍耐を必要とする動きで、コントロールを強いられつつもノーブルな動作を目指している。それをコントロールできている快感を覚えつつ、観客の前で脆さや危うさを感じる時間もあり、それがとても愛おしい瞬間がある」と。簡潔と抑制の中にそんな没頭する楽しさがあるのだろうなと想像してみたり。でも、わかった気になっているだけかな。ソロ曲はやっぱり、難しい…

映画を観たことで、北斗さんのアイナさんへの尊敬の念も、この作品の概念や思い入れも少しはわかれたように思うし、自分のアイナさんへの苦手意識もなくなりました。もしライブでソロの時間があるならば、全編松村北斗色の「ガラス花」を披露してくださるのではないかと思ったり、演出を想像してみたり。よくも悪くもディレクションに忠実でアイナさん色の強い歌唱やダンスとも、また違う表現をいつか拝見する機会があるならそれも楽しみです。

最後に

前にお手紙さしあげた7月末には想像もしなかった世界がやってきてしまいました。明日で『ジャニーズ事務所』という宛先を書けなくなることが理由で今回は初見でのまだ浅薄な『キリエのうた』の感想をお送りすることになり恐縮です。昨日の舞台挨拶で笠原さんや広瀬さんが絶賛されたという”靴紐”のシーンも、確かに見ていたのに聞いて初めて意識したので、よいスクリーンでかかっているうちにまた観に行きますし、新たに思うことあればまた書かせて頂くかもしれません。映画を観たからには懸案の(いや、私の内心でそうだっただけですが)『ガラス花』の感想も書こうと思ったのもありますが、整理されていなくてごめんなさい。『CREAK』とそのカップリング、『ノッキンオン・ロックドドア』のことにも触れたかったのですが、早くしないと『慣声の法則』の円盤、アルバム、ツアーが続々やってくる(そう期待してよいかしら)から、とにかく今のこの瞬間の感想を認めました。

名前を奪われ恩人を否定することを強いられ、楽曲を封印させられ、明日の所属も不明瞭な状況下で、ジャニーズ事務所に所属される方達が全くへこたれずにそれをエンタテインメントにまでしてしまう強さに私も救われています。できる限りの応援はする心づもりですし、おかしいことはおかしいと言いたいのでお目汚しの呟きが増えてしまいフォロワーの友人達にも申し訳なく思ってはいるのですが。思えば歴史とは一人の人間の嫉妬や思い違い、自己顕示や承認欲求のようなつまらない事で動いてきたもの。一分野の代名詞となるに至ったジャニーズという組織の壮大な叙事詩の一幕を鑑賞するように事の経過を見守ろうと思っています。大好きだったジャニーズはなくなってしまいますが、SixTONESとスタッフの皆様は”こっから”ですよね。”やがて来る明日を楽しみに”。

時節柄、北斗さん、メンバーの皆様、スタッフ各位にはどうか心身ともに健やかであられますよう心から祈っております。                    かしこ

 

(いつも最後に「いつでも、どんな北斗さんも応援しています」と書いているくせに、「ガラス花」に関して自分が抱いてしまった感情が一時とは言えそれを否定してしまうものだったことが情けなく、恥ずかしいのと誠実さを欠くように思って、今回は書きませんでした。 だから決め台詞みたいなのやめとけばよかったのに、みたいな内心のツッコミもありつつ…)

 

15日に一日がかりで書きあげて、深夜1時にこれでよし、と寝たのですが、16日朝改めて目を通すと深夜の文章はだめですね。失礼がありましたら申し訳ありません。。「キリエのうた」の小説も読みます。解釈変わるかな。書店でぱっと開き、見開きのみ読んでいたのです。

*1:慎太郎君が山里さんを演じるにあたって嫉妬や劣等感を「学習」せねばならなかったというのも負の感情満載の私には驚きでしたが

*2:ト書き的に示さずとも、加寿彦伯父の言葉と家庭教師の数から自ずと知れる脚本のよさですね

*3:医学生達の生態を間近に見てきたので…

*4:『恋なんて、本気でやってどうするの?』

*5:『一億円のさようなら』

*6:柊麿は危険な男とされていましたが、来る者を拒まなかっただけでどちらかといえば巻き込まれて女性に翻弄されていますよね

*7:これは全くの余談ですが、名を名乗るシーンに「すずめの戸締まり」を思い出して、いつも自己紹介しているなとちょっと笑っちゃいました

*8:北斗さんは他の作品でもそうですよね。それが演じ手として嬉しいかどうかはわかりませんが、私にはありがたい

*9: そういえば、アイナさんも、大切な人の不在を歌う「ずるいよな」を北斗さん=夏彦が歌うと爽やかなラブソングみたいになると仰ってましたね

*10:自分がそうなり得ないタイプだから余計に思うのかもしれませんが

*11:アイドルが演技にあたり役とそぐわぬきれいさ(普通の会社員男性がアイラインしいれていたり)のような嘘を纏わされてそれが実力を見誤らせているように思えて製作陣に怒ったりしていたこともあり(笑) 

*12:UAさんやCoccoさん、CHARAさん等個性的なシンガーはもとより、みんな大好きZARDの坂井さんやAIさんすらちょっと苦手という私の歌い手の好みの狭さもあってのことです。ところで、aikoさん、あいみょんさん、アイナさん…北斗さんの公言する好きな女性シンガー、見事頭韻踏んでいる上に皆さん大阪女子ですね(笑)  

*13:2018年3月26日『ジャニーズJr.祭り2018』SixTONES単独公演 松村北斗ソロ

*14:『CHANGE THE ERA -201ix-』 松村北斗ソロ