書簡・編

おたくもすなる日記といふものを、我もしてみむとて、するなり。

073_2025年5月7日_YOUNG OLD

拝啓  又是より青葉一見となりにけり(素堂)

5月1日、末広がりの八十八夜に、愛に溢れた『ロクオン!』生配信をありがとうございました。あの幸せな1日を経て北斗さんは既に新しいお仕事に邁進されていることでしょう。立夏を迎えた今振り返る『YOUNG OLD』ツアーがどれだけ幸せに満ちていたかを語るだけの、私には珍しき高気圧ガール的テンションのお手紙、これからの季節北斗さんを振り回すワガママ彼女的低気圧の谷を跳ね返すバリアであれかし。

思えば毎公演、息もきれんばかりに暴れ、参加し過ぎたがために感想の言語化に難儀した『VVS』ツアー(これ、フェスの時と同じ現象なのですよね。面白い)。それに比して、もちろん踊ったし跳んだし歌ったし、なんならヘドバンしましたが、それでもゆとりを持って楽しめた感があって、初日からここが好き、これが素敵と言葉溢れてお伝えしたいこと満載だったこのライブ。まさにタイトル通り『YOUNG からOLDまで』楽しめた最高のツアーだったと思います。

ツアー初日は東京ドームの1階3塁側外野席、噂では制作解放席だという下手袖からほど近いスタンド18段目のお席でした。まずは場内に入ると眼下に広がる非常に変則的な配置のアリーナ席。メインステージも両翼が外野フェンスに迫る幅広さなのに奥行きは狭い。今回は何をしかけてくるのだろうとわくわく待つ開演。直前になるとスタンドは見切れの遥か上の方まで、アリーナは幅広く端の端まで設えられた客席が、ぎっしり人で埋め尽くされている。SixTONESさんの願いに感動し、それを汲んで収容人数増にご尽力下さったスタッフさん、関係各位への感謝の念の中、ツアーの幕開けを迎えたのでした*1

客電が落ちると、アルバムを聴いて大多数が予想したであろう『Golden』がオープニング。そしてメインステージを天井から覆う白幕が落ちると現れ出でたるは金色の和風建造物。メインステージ正面奥は初日の席からは直には見えずモニター頼りではあるものの、本堂上に賑々しく鎮座する干支の縁起物(?)の大蛇(いやもう正月は過ぎたし(笑))の存在感よ。蛇上に座して場内を睥睨するSixTONESさん。曲調の重厚な煌びやかさとSixTONESさんの表情から「これは…真面目なのか?」「いや、大真面目が一番面白い人達だ、これは笑っていいはず」と初日は逡巡しながらつい笑いこぼれ、隣を見れば泣き虫の友人も腹を抱え笑っている。後で見たSNSでは笑う派は少なかったようで実は失礼だったかも知れないけれど、大変恐縮ながら私はオーラスまでこの盛大なばかばかしき蛇さんとSixTONESさんに冒頭から笑わせて頂きました。蛇さんMCでもご活躍で愛されていましたものね。そんなオープニングからも今ツアーはこれまで控え目に忍ばされていた”遊び”を前面に出した大人の余裕がみてとれたように思えたのです。そして東京公演ではまだ抑え気味に見えていた『Golden』も、早くも福岡ではジェシー君が無双の雄たけびをあげ、音楽に対する初期衝動*2とライブの手練れ感と遊びとの絶妙な混在が嬉しかったこと。今回は公演数を増やして下さったお陰で初参加の方も多いであろう中、客席も早々に巻き込まれてもれなくペンライトを振りまくっていて、そうそう、これがSixTONESのやり口だぜ、と悦にいったものでした。

次は王道のごりごりの『PUNK STAR』。高い急階段を降りてくる姿の圧倒的な凄み、と同時に階段降りながら歌うの、怖くない?大丈夫?と心配している我が矛盾(笑)。階段で6人がとるS字フォーメーション。福岡からでしょうか?上段からメンバーをなぞるように”S”の赤いラインが流れ降りる様が誠に優美でした。我らには馴染の”S”をご存じない初見の方にもわかりやすかったことでしょう。

続くビートも強き『Waves Crash』でメインステージ先端の逆三角州から花道へ進むSixTONESさんには、急ぐでもなく重々しすぎることもなく、粛々とプロの仕事を遂行する余裕が感じとれる。重い衣装を纏い熱い照明に照らされながら踊り歌うという重労作を涼しい顔で行いつつファンの近くへと移動してきて下さる。それがボーイズグループ業界でも当たり前ではないとK-POP界隈の方の弁で知り、timelesz projectで歌と踊りを同時に実施することすら素人には難く鍛錬の賜物なのだと改めて知った今、メインステージを出て移動して下さる行動自体が尊い*3

『DON-DON-DON』はシングルやリード曲になる個性ではないのにそのライブを象徴する印象的な局面で使われているように思えて興味深い。「VVS」ではみんな大好きデコトラ登場、今回はセンターステージに隠されていた鉄骨の柱がスモーク吹き出しながらもくもくと立ち上がってくるシーン。初日は柱から真横に吹き出すスモークや鉄骨柱の変形していく様にただただわくわくと高揚し。東京3日目、六角形の中心に近いアリーナT4ブロックで立ち上がる鉄骨柱を仰ぎ見ながら間近で聞いたぷしゅーぷしゅーというスモーク噴出音の迫力といったら!メカ好き心が最高にぶちあがったこと(いや、北斗さんの姿にこそぶちあがれ、とは思う(笑))。回を重ね、色々な席から見ると、スモークがセンターステージの真下にも朦々とたちこめていたり、柱の稼動前から噴火の予兆のように花道のグレーチングの間から吹き出していたりするのを”発見”してギミックの細やかさに感動*4。そして曲とともにこの柱が3方向に拡大して三ツ矢*5になり、さらにアリーナ狭しと六角形に拡大し、三ツ矢に戻り、と曲毎に形態を変える様の素敵だったこと!しかもその花道の三ツ矢と六角の回廊が転換していくダイナミックな動きと演者の動きとが絶妙に楽曲に合っている。SixTONESさんの繰り出す機構や道具立てのかっこよさには毎度毎度惚れ惚れしてしまうけれど、今年はこのムービング花道が本当に大好きで*6、とにかく毎度わくわく見惚れていました*7

これまでも古くはEX公演から繰り返しSixTONESさんの空間の使い方の上手さを絶賛してきましたが、今回はオーソドックスなエンドステージ型でありつつ、周回と縦横の動きを「花道が動く」ことで叶えるというアイデア!ステージ間の移動に要する時間と体力を楽曲パフォーマンスに充てられるのがムービングステージの発想の素晴らしいところですが、このムービング花道はさらにアリーナ中央だけでなく6人が別方向に拡散しつつ端の方やスタンドにも花道に乗ったまま近付ける、実用性に機構自体の動きの魅力を兼ね備えた素晴らしき発明。「誰もおいて行かない」というポリシーを既存のムービングステージを使ってよしとせず新規性をもって叶えるSixTONESさんの姿勢が大好きです。

今回の『Dance All Night』は6色に彩られた六角形の各辺でのパフォーマンスに何となくディズニーランドのパレードを想起させられる。普通なら躍動するであろう楽曲をロボットダンスで無機的、抑制的に表現するSixTONESさんに、何故か自分は哀調含みとうけとってしまう。そんな意外性あるパフォーマンスを見られるからSixTONESさんは面白い。『on eST』以来『VVS』を除きセットリスト入りし続けているだけあってフェイクやアドリブも楽しめるのはありがたいことです。ロボットダンスver.はそろそろ殿堂入りかしら、などと思いながら、曲もパフォーマンスも大好きで何度見ても結局見入ってしまうのです。

冒頭からここまで「SixTONESのイメージ」をSixTONESさんが演じてみせるような曲が続いて来て、『こっから』で「現実の人としてのSixTONES」が顕在化するように思える。ショウからライブへの転換の感。一昨年以来、様々な場所で幾度この曲を聴いたか数えきれないけれど「演出」ではなく「生身のSixTONES」が表れているように受け取れるから、いつ聴いてもその時のグループと自分の状況や感情を反映した新鮮さで共に盛り上がれるのかもしれない。加えて時々聴き返すCD音源やリリース当初のパフォーマンスと比べても全員の歌唱の表現の幅が広がっていて*8、今のSixTONESさんの『こっから』はこれまでのとは異なるのです。ライブ始まりのご挨拶・煽りの間、ゴール殿までメンバーカラーに照らす出すスタッフさんの細やかさ*9も素敵。

そんないつどこで聴いても盛り上がる我らのアンセムの後は『Don’t Know Why』ですんっとクールダウンする緩急の巧みさ。北斗さんの声の中でも一番好きな音域の深い声、そして”大概机上の空論さ”の”語尾に大人の達観なのか諦念なのか混じる乾いた笑いの響きが好き。今回のユニット曲は3組すべて演出も道具立ても控えめで、歌い手2人と楽曲とに焦点を当てた感があり。それがためか、例えばこの曲の京セラドームでのドラムの音の響きがよかったことも印象に残っています。椅子2つだけのセットと背景の街並みの映像は演者を越えた存在感を持たないさりげなさでありながら、どこかの街の出来事かと想像を巡らせられたりするのはお二人の優れた演劇的素養によるものでしょうか。CDで聴いた時の、無骨な男くささ、やさぐれ男、バディ物といった印象を、回を重ねるごとに味わい深くなるお二人の声の重なりや、椅子をくるくるさせる様に垣間見える童心と脱力感が修飾して、短編映画を観たような余韻のあるパフォーマンスでした。

少し肩の力が抜けた2人曲の後はすぐに6人揃うSixTONESさんの勤勉さ*10(笑)『Underline』はKroiさんが好きなので本当に嬉しい提供楽曲。CD聴いた時点で内田怜央君独特のリズム感と節回しとを我が物にして歌われていてさすがと思いましたし、初披露のCDTVライブライブでしっかり踊って下さっていて嬉しかった(Kroiさんのセルフカバーでは絶対踊らないし)のでライブでのパフォーマンスを楽しみにしていました。サビ?のふり、特に腕を少しくねらせて後上方にはね上げるところが大好きで一緒に踊っていましたが、あのトップに重量感のあるペンライトの重心のバランス*11がこの手振りにあっていて(笑)。この曲を歌いこなせる歌うまJr.もいるかもしれないし、同じ振りをもっと上手に踊るグループはあるかもしれないけれど、この曲の意味、解釈を客席に届け、かつかっこよく歌い踊りこなすことの両立はSixTONESさんならではではないかと思うのです。

癖のある『Underline』をメインステージで披露した後は、一転100%ハッピー全開、みんな大好き『Strawberry Breakfast』で場内を闊歩する。金管きらきらなディスコ・ファンクには気持ちが上がるし、そんな曲だから歩くSixTONESさん観ているだけで幸せ。ファンの方に気を取られすぎたかたまに歌を飛ばすこともあるけれど(笑)さすが歌い続けてきただけあってスキャットが入ったりアレンジも楽しいのです。でも、一度この曲、踊って頂きたくもあり。

初日は『マスカラ Rockver.』→『恋のバタリアン』→『Strawberry Breakfast 』の流れだったのが、2日目以降『マスカラ』がなくなり『恋のバタリアン』がMC前に移動。セットリストがこれ程変わるのはSixTONESさんには珍しいように思いますが(ですよね?)、冒頭に触れた今ツアーに感じた余裕の表れなのでしょうか。初日だけだった『マスカラ』は残念でしたが、動線の長さ等を考えると調整対象になるのでしょうし、後述するように変更後の流れが素敵だし理に適っていると思います。ライブは生物、を実感したツアーでした。

続いて『BORDERLESS』もCMソングに相応しい爽やかな曲。この曲と『SHOCK ME』はアルバムで聴いた時は印象が薄かったのだけれどライブで大好きになった曲。自分の抱いていた曲に対する感情が演出で劇的に変わる瞬間を幾度も味あわせてくれるのがSixTONESさんのライブの醍醐味の一つ。しかもがっかりさせられることはほぼなくてまず100%大好きに転じているのが嬉しい。この曲ではとにかく、六角形に展開された花道がせり上がってくる高揚感!共に”borderrelss”とペンライトを振るとあら不思議、自由な気分になれる*12楽しさ、爽快感!機構の挙動と照明と曲の空気感とが絶妙に合致して凄く素敵な空間が作りあげられている。六角形を周回するSixTONESさんを乗せたまま、また三ツ矢に形を変えていく花道のダイナミックな動きにもわくわくさせられて、これを目の当たりにできないSixTONESさんをお気の毒に思ったり*13

クールな『Underline』→甘い『Strawberry Breakfast』→さわやか『BORDERLESS』からのあざとかわいく妖艶な世界観たっぷりの『Cat Call』。”しなやか”も実はいけるSixTONESさんの、非常に踊り手の個性が出るこの曲での細かい脚さばきが好き。3名ー3名に分かれるのは『VVS』の『Alright』~『House of Cards』と同じでありながら、『VVS』ではダンスの持ち味で華やか組とクール組に分かれた印象だったのが、今回は華やかで手数多く大きく踊る北斗さんと堅実にきっちり踊る2人の組合せ。対側も同様だったから踊り手の個性が対照で際立って見えたのかもしれない。『VVS』の6方向の花道では「3名ー3名のいる花道が180°直列すると、演じ手のいる花道に対して軸方向の席からは3名を正面に見られるが対側の3人は全く見えない。花道に直行する視点では遠目に双方を見られるが視線をいずれかの3名に向けると他方は見えない」のが残念でしたが、今回の三ツ矢型花道ではどこからでも全員見えやすかったように思います。ありがとう。

続く『MIDAS』は『キカナイ』と並び、事前にどのようなパフォーマンスになるのか一番楽しみにしていて、今ツアーの中で最も視覚で魅了された楽曲。序盤の北斗さんの跳躍!例えば『Amazing!!!!!!』での強気で豪快なジャンプと高さや距離の大きさは変わらなさそうでいて、圧倒的に柔らかい着地の質感とそのまま低くなる流れなのに強かさ力強さがあり、跳躍にまで表情をつけるのかこの人は、と感嘆させられる。その後の跳躍には軽やかな躍動感が溢れて、ここぞとばかりに低くなり、腕は高く掲げ上げ、広い会場でも”人が見せる”初心を実直に体現して下さっている。ばねのある動きのアクセントが活きる振付は嬉しいし、後屈も20代前半のような柔らかさはない代わりに強靭さを感じさせてきちんと身体を整えておられるのが伺われる。北斗さんを見てしまいがちだけれど、慎太郎君の足さばき、ジェシー君のあり得ないレベルの柔軟さ、髙地君の身体を翻す軽やかさとキレ。そんな身体の動きの楽しさに、スタンドの上方にいた時は恐縮だけれどペンライトを振るのはお休みして双眼鏡を握りしめてとにかく見入っていた。そんな技を見せつけた後の、全てを覆い隠すスモークぼんっ、も、その濃さも、これぞSixTONES!素敵、素敵。

しかしこの後に控えるさらなる刺客。楽曲提供が公表されて以来、侃々諤々であった『恋のバタリアン』。私は手放しで大喜びしたし、CDTVライブライブでの初披露で冒険でもあり実験的でもあるこの曲を、攻めに攻めて歌いこなしておられたことをどんなに嬉しく思ったか。だからこの曲の曲順が初日と変わり、走り回り全力でやりきって、客席ともどもふーふー息きらしながら最高に盛り上がってMCになだれこむ流れになったのは構成的にも体力的にも大正解だと思いましたし、何よりこのくだりが大好きでした。歌うだけで体力を絞り出すようなこの曲ならメインステージで派手な動きをするだけでも十分盛り上がったと思うのです。しかしただでさえハイカロリーなこの曲、しかも13曲目にしてSixTONESさんが選んだのは、センターステージ始まりで三ツ矢の両翼を端から端まで広く使い、全力疾区間含めて歌い、ヘドバンし、客席を煽り、メンバーを背負い(笑)つつ、センターステージ経由でメインステージに戻るという長距離移動を伴う馬鹿馬鹿しく体力勝負なパフォーマンス。もう、北斗さんが走り抜け過ぎて花道から落ちんばかりに転ぶのも、メインステージに戻ってからの悪ふざけも、こんな難しい曲を歌いながらなし得てしまうのだから、脱帽しつつ大笑いしつつ、手と頭振りながらこちらも全力で唱和する楽しくて仕方なかった時間。いや、ほんと楽しかった、そしてお疲れ様でした。ありがとう。

そんな大騒ぎからのMCの導入はいつの間にかSixTONESの型ができあがっている。ジェシー君の煽りに応える男性の声が年々大きくなっていくのも嬉しいですね。一方、今ツアーのMCそれ自体はかなり実験的。土地ごとに特別を、という企画を楽曲だけでなくMCでも超ご多忙の中で色々考えて下さっているのが伝わってきました。東京の小芝居も、福岡の井戸も、大阪で「Golden SixTONES」レギュラー化発表に立ち会えたのも(皆さんがモニターを見守る姿、しかと心のHDDに保存しましたが、円盤に収録してあげて頂きたいものです)札幌の鏡開きやかき氷も、名古屋のしゃちほこも、オーラスのエモい話大会も、皆楽しゅうございました。ところでこちらは気をもん*14でいたのですが、SixTONESさん、給水を焦らされても意外に大丈夫そう?で、あの前半の後で体力に余裕があった?のかしら。すごい。

大阪土曜日のMC中に初披露された『バリア』*15。映画館でジェシー君の美を堪能し心温まるハッピーエンドの中でよき音質で流れるのを聴く嬉しさも、MVをわが地元(撮影場所、自宅から徒歩数分です)で撮って下さった喜びも、キレのある金管の響きも全て相まって大好きな曲です。今回のMCからの白い衣装はSixTONESさんには珍しいように思う質感と雰囲気で、まだこんな引き出しもお持ちなのですね。劇中の啓弥が投影されたかのような無頼さと甘さが混在した曲調だから、樹君に加え髙地君や北斗さんもがなり声を利かせ、そこにかわいい手ハートやキャッチーな振りが入り混じりとSixTONESさんの表現力の多彩さがますます発揮されている。この曲もMC中からMC明けに、そして名古屋公演では『Underline』後に移動。クールな曲から硬軟相混ざった『バリア』を経て甘い『Strawberry Breakfast』へと曲の雰囲気がグラデーションになっていたようで面白かったです。

基本脱力系の長いMCの後で「さあ後半だ、立て、騒げ」というテンションになりづらかろうとのお心遣いと、生バンドであればこそのステージングと土地毎の1曲が嬉しかったMC明け。『Curtain Call』『セピア』『Tu-tu-lu』『Make Up』と切なくもどかしい失恋を歌ってきて、最後の地では希望に満ちた『NEW WORLD』。周年だから楽曲大回顧大会を繰り広げる選択肢もあったろうけれど、あからさまなことをせずこの記念碑的な曲をしっとり落ちついた新アレンジで歌って下さったことにSixTONESさんらしさを勝手に感じて素敵だなと思っていました。

『ここに帰ってきて』は最近はDazzling UK Garage Remixを愛聴していましたが、SixTONESさんの声を最大限に堪能できる今回の演出はやはり出色。福岡公演2日目はもれなく皆さん声の調子がよさそうで嬉しく聴いていた記憶があります。特にこの楽曲に最も縁ある大我君の歌声は「君を照らす光」がほんわり浮かびあがるかのような物語の情景の丹念な描出と、ドームの空間いっぱいにその映像なき物語世界を拡げるような力強さとを兼ね備える。北斗さんの歌唱はよりリアルに台詞のように直接的に語りかけ伝わってくる説得力を持つ。ジェシー君の歌声はこの楽曲にこめられた感情を届けて下さるようで胸を打つ。6人の声がシンプルな演奏に伴われて空間を満たしていくのが本当に素敵で、いつまでも飽かず聴きいっていたい素晴らしさでした。

MC明けは『ONE by ONE』まで別れの曲続き。涼やかな哀調の曲をしっとりと踊る中に爽やかさや仄かな明るさが滲むように感じるのは、ハッピー全開の曲に不思議と物憂さが混じるのと同様、SixTONESさんの複雑さ、人生経験の賜物というものでしょうか。『YOUNG OLD』はファンの属性についての宣言であろうけれど、SixTONESさんこそ「時代や老いも君と見たいな」の言葉通り、年を重ねた姿や時を経てパフォーマンスが円熟していく様を楽しみにさせてくれる、アイドルとしては稀有なありがたき存在だよなと思ったり。

一方で若き日の尖り方を懐かしく思い起こしながら享受したのが『キカナイ』のパフォーマンス。シルエットと照明の色で示される以外ほぼ姿を顕にしない媚びのなさに(何しろ『キカナイ』だもの(笑))、「この人達尖りまくっているなあ」「そうきたか!」と舌を巻いていたJr.時代のSixTONESさんの矜持のようなものが思い出される。しかし同時に髙地君の「根っこのない~」からの激渋節回し(この名人芸に「待ってました!」と毎度心中快哉をあげ)をはじめ、皆さんの歌う声や姿からは積み重ねた技術が実感される。同じ叫びをリフレインしていくのに6人6様で、姿勢を崩さぬ樹君とデコラティブな動きの大我君との対比の味わい深き事。北斗さんの沈み崩れ落ちる様の力が一気に抜ける緩急が好きで、フリーダンスパートなのでしょうか気怠げに右腕上げる様に『Jungle』でもこの動きが好きだったなあと思い出したりもして。

変化球の『キカナイ』の後は一転、ドームサイズに映える壮大さも感じられる王道のバラード『You are the only one』。2016年に初めて『この星のHIKARI』を聴いた時、歌える人が2人いるグループとはなんと強いのかとわくわくしました。時を経て歌の配分は6人均等になったとはいえ、やはりこの2人の歌は上手で優しく、強い。広大な空間に温かい空気が満ちるような幸せな時間でした。その、時の経過と成長とを感じさせられたのが「星は見えなくても 大丈夫 僕が君を照らすから」の一節でした。”星の見えない夜”とその時を共にした人々とを折に触れて歌うSixTONESさんが「見えなくとも僕が君を照らす」から「大丈夫」と断言されたことに、えもいわれぬ感慨を覚えながらこの曲を聴いていたものでした。

しかし、エモさは感傷のみに非ず。大好きな『SPICY』では期待通り、我が愛する洒脱で軽妙なSixTONESさんが満開。客席のみならずバンドメンバーさんも前に出てきて踊っておられるのも楽しくて。6人がポップで愛らしい振りにのせて列をなしメインステージの端から端まで練り歩くキラキラの中に、さりげなく見切れ席の方への気遣いも窺われて本当にSixTONESさんらしいエモさが大好き。

その楽しく優しい世界は誠に自在に緩急つけながら続く。今やすっかり”俺達の応援歌”となった『THE BALLERS』~『GONG』、ちゃらそうでいて実は超ポジティブな人生賛歌だったりする『PARTY ANIMAL』で、皆でペンライトぶんぶん振り回し鼓舞しあう時間*16

樹君と高地君は多様な声の使い分けが巧みでSixTONESの楽曲に他にはない個性を加えてくれているありがたき存在だけれど、この曲は技巧発揮というよりガチ体力勝負の感。石垣の上まで隈なく動き、ファンと向き合いながら高めのキーでハイテンションに歌いジャンプし続ける”兄貴”達。あなた達、文字通り俺最高だよと心の中で拍手。そういえば今回の3ユニット、演技、歌、喋りと夫々の職能の最も秀でた部分での組分けのように思えて、それに見合ったパフォーマンス:演劇的、聴かせることに特化、客席を鼓舞、になっているような。

そんな時間帯が過ぎると一時クールダウン…と思いきや、休ませてくれないのがSixTONES Quality(笑) ご本人達不在の時間帯なのに、より一層、盛大なる特効の大盤振る舞い大会になる。炎とレーザーに見とれ、ぶちあがり、それが派手で華やかである程にばかばかしさは増して、オープニング同様、腹抱えて笑う幸せなる時間。

そうこうしているうちに『ABARERO』の最重量級ver. -Dark Electro Rock Remix-にのって現れ出でたるはまた輪をかけて賑々しくばかばかしいラスボス、大蛇を船首に頂く海賊船。船尾から長いしっぽを引きずっている凝り方は福岡で6階席で真上から見下ろして初めて気づいた位だから大抵の人からは見えていないように思うのに、神は細部に宿る教の信者なのかな(笑)(いえ、そういうところ、大好きです) 初ドームの悪路乗り越え自走するJEEPも本当にSixTONESらしくてわくわくしましたし、真剣にばかばかしくかっこいいデコトラも素敵の極みでしたが、高さにお気遣い頂いたフロート、しかもこんなキッチュな魅力たっぷりな形でお出ましなのが泣ける。『YOUNG OLD』打ち上げ動画で「クレーンを使えず高さが足りない分、フロートを高くした」とおっしゃっていましたが『VVS』の感想で書いたように*17外野フェンスの高さに阻まれ下が見えづらい外野スタンドの席においては、この高さは本当にありがたかったのです。この高さあればこそ、大抵の席でみんな大好き『Special Order』の手のびらびらが見えて一緒にできるし、船上で回ったりぶら下がったり荒ぶったりしているSixTONESさんを見られるのです。それにしてもこれだけハイカロリーな曲を連ねておきながら、オーラスで下船してからメインステージでダッシュで再集合するのがあまりに速くて、どれだけあなた達6人で集合したいのかと笑ったり。

フロート上からメインステージに至る『Bang Bang Bangin’』はこちらも息継ぎすら惜しむ勢いで”Hey, Hey!”と盛り上がる「ばかばかしいのが楽しい」の集大成。かと思いきや、続く『SHOCK ME』がこんなに楽しいとは!北斗學園背面黒板に『GOLD』では唯一この曲だけ感想を書けずに終わったのに。魔法使い大我君の操る炎が景気よく吹き出し、花火がぼんぼん上がる中、”Hey Fu, ショッショッショショショ(ニュアンス)”とわめきながらペンライト振り回す時間の楽しいこと、楽しいこと!!!!!! *18。そこに注ぎ込む燃料がまさに「他では味わえないbomb crush」でしたが”他で味わえない”のはバカ騒ぎの時間だけではない。『WE ARE ONE』へのSixTONESさんの切り替え鮮やか過ぎなこと。拳かざし力の限り歌い、一体になる尊き時間を終えて舞台を下りるSixTONESさんの後ろ姿の爽やかで厳かで渋きこと(どうしても『アルマゲドン』を想起してしまいますが)。この上ない本編の締めくくりでした。

大阪城ホールのJr.祭りでアンコールの声が足りなくてJr.の皆さんに出てきて頂く機会を差しあげられなかった時以来、いつでもどこでも場内で真っ先にアンコールの声を上げていますが、周りがのってこないことも少なくない。だから札幌の一夜限りでしたが、北斗さんの”アンコーfu〜”が生んだ、誰にも強制されず、皆が自発的にのりのりで響き渡らせた”fu〜”は最高でした。そんなお祭り騒ぎに導かれるならタイトルからしてこれ以上相応しい曲はない『Fiesta』。ソロで歌い踊る大我君を囲む5人という体もあれば、意表をつく登場回もあり。無性に楽しくなってしまうこの曲にはそんな登場が相応しい。SixTONESさんもエモさ満点の歴代トロッコにそれと触れずに乗りながら*19感傷など微塵もない顔でアイテムを振り回したりしてひたすら楽しそう。後ろの方の視野を遮ってしまうタオルは使えないけれど、代わりにペンライトをぶるんぶるん回す楽しき時間!すっかり定番になった『Good Luck!』も、SixTONESさんと一緒に多くの人が振りをできる貴重な時間。

そして、ああなんて幸せなのだろうと毎度毎度しみじみと金の紙吹雪舞う宙を見上げてしまうのが『音色』。世界一好きな人達と、同じ人達を好きな人々と、この時間と空間を共有していることを「幸せ」以外のどんな言葉で表せるだろう。まあ、ちょっと難しいシンガロング(舌まわらなーい)も頑張って声出しましたよ(笑)。ああ、ただ、ただ幸せ...

と、そんな情緒で終わらせてくれないのがSixTONESさん。満面の笑みで慎太郎リーダーが口火を切ると、みんな大好き(この文章で幾度この言葉を使ったことか(笑))『WHIP THAT』でぶちあがって、そう、こんな曲を「オチ」に使うの、しみじみさせてくれない照れ屋のあなた達くらいだ(笑)。でもそれがありがたいのだ。会場は揺れに揺れて、さっき流しそうになった涙もひっこむ。ああ楽しい、ああ幸せ、ありがとう。また遊びましょうね!!!!!!

 

今年は5大ドームツアーをなし遂げたSixTONEさん。公演数を増やして下さったとはいえFC会員数も増えているし、せめて東京平日の2公演は入りたいと願っていた程度に欲のなかった今ツアー。それが友人達のお陰で最終的に、恐縮ながら津々浦々行脚す何公演にも参加させて頂くことになりました。参加すれば楽しくて色々なことを忘れるものだと改めて実感した、いや幸せしか感じなかったツアーをありがとうございました。

いつか声が届かなくなるその前にと事ある毎に感想を認めていたのがさほど昔のことではないように思うのに、本当にあっという間にここまで来られて、しかも当時の懸念は今のところ杞憂。ファン層が多様になってもご自分達のライブに巻き込むことに成功していること、箱の大きさが障壁にならず収容人数増の利点だけが明らかなこと、この規模感のグループにして今でも声が届いているように思えたりするところ。札幌は一般でチケットを取られた初SixTONESライブの方も多く、遠征する強火オタクも多いとはいえ盛り上がり具合が不安視された中、実際は他の会場よりむしろ声も出ていたし、アリーナから天井まで隈なくペンライトが揺れる美しい景色は遜色なかった。冒頭からスタンドが激震で双眼鏡を覗いていられなかった程(次回から防振双眼鏡持参します)。札幌ドームには幾度も嵐さんのライブで来ましたが、スタンドがこんなに揺れたのは初めてです(比較されるのはあまり気持ちよいものではないかと思いますがご容赦下さいませ)。98年からツアーに参加してきたSMAPも、2002年のアリーナツアーから毎年通った嵐さんのライブもいかに巨大なスクリーンにメンバーを大映しにして下さってもC&Rをがっちりしても疎外感を感じる瞬間がなかったとはいえない。自分の思い入れとしてはSMAPや嵐の比ではなく強いSixTONESだから箱が大きくなれば彼らの時以上に遠く寂しく感じるのではないかと思いきや、少なくとも私は今のところ、SixTONESのドーム公演でそう感じたことはないのです。8階、6階、見切れ、アリーナ埋もれ席、いずこにいてもです。それはSixTONESさんのリサーチ力と想像力、自らが持つオタク心故の共感力に基づいた努力と工夫の賜物だと思っております。ファンが増えるに従い思想・文化や参加の仕方が異なる人々も増え*20、多様になった好みや要求はSNS時代には全て目の前に突き付けられてしまう。それを考えるに先日の『ロクオン!』の見事だったこと。声は届いているのだ、気持ちは確かにつながっているのだ、と全方位、様々な在り方のファンの多くが(いや、自分は主語の大きい人間ではないと思っていますが)しみじみ自らとSixTONESさんが相思相愛であることを実感したと思います*21

天井が使えないドームでのオープニングの工夫はもうそうは出まいと思っていたら何とも盛大で豪華でめでたくもばかばかしい出方に大笑いさせられた今ツアー。会場の大きさが価値の全てではないとは繰り返してきたことですが(ああBillboard LiveのMTV Unplugged行きたかった)ドームライブまで掌中にしてしまわれた感がある今、上が空で工夫しづらいスタジアム*22で、どんな風に驚かせて下さるかが楽しみになってきました。誰もおいていかないあなた達だから、スタジアム10公演くらいして下さってもよいのですよ(笑) そう、手を伸ばしてたぐり寄せて 突き進んでいくだけだ。

いつでも、どんな北斗さんも応援しています。                                   

                                  かしこ

*1:今回はSNSでも「初めてSixTONESに会えます」の喜びの声こそあれ、チケットが全くとれなかったという怨嗟や攻撃をほぼ目にせずにすんだのはありがたいことでした。家族や友人どうしの助け合いのみで不正はしていないとはいえ複数公演に入れていることを後ろめたく思ってしまうので

*2:歌わずにいられるか、表現せずにおられるか、という感情が”仕事”を超えて溢れてくる感あり

*3:ここで初めて衣装の背面が見えて、北斗さんの背の陰陽太極図に気づき、陰と陽とのバランス…北斗さんのそのバランス感の絶妙なこと

*4:福岡で井戸から出てこられた「何でも作ります 小野寺さん」が担当されているのでしょうか。一方的にですがお目にかかれて光栄でした

*5:メルセデスのエンブレムにも見えるけれど、いくら義理堅いSixTONESさんとはいえ関係ないですよね?(笑) 「人」の形だと表現している記事もあり

*6: 意外にかわいい蛇さんも海賊船フロートも大好きですし、歴代機構も例えば機能性と”S”の象徴性を兼ね備えたSカレーターのように素敵な物が多いけれど、ムービング花道の機能性と斬新さ、刻々変形するわくわく感は白眉

*7:日経エンタテインメント誌(「コンサート・フェスの作り方2025」2025年5月号)によれば、ライブ演出は実体の機構よりも運搬や設置の利便性からLEDが主流になっていく傾向らしい。SixTONESさんはツアーパンフレットで「映像流すといくらでも尺が持っちゃうから、どんどん生身の時間がなくなっていく」ことをよしとせず「レーザーや特効を楽しむ時間にして欲しい」と語られていた通り、最近のツアーではモニターは「蛇の後光(笑)」的な演出と客席からの視野の補完に留まるある意味贅沢な使い方。それでもいつかLED演出を中心にしたライブを作られたとして、実はSixTONESさんの作る映像やデザインの独特の作風が大好きなので、演出プラン上SixTONESさんがそれを選択するのであれば楽しみではあるのです。ただライブこそは生身の人間のパフォーマンスを自分の目と耳で知覚することに価値があり、それを修飾する機構萌え(笑)することにもライブに足を運ぶ意味があると思っているし、SixTONESさんの機構や道具立ては本当に素敵で大好きなので、先日雑誌で髙地君の「うちは実体の機構を大事にしている」との言を拝見して嬉しくなっています。

*8: 今のSixTONESさん、特に最近習得されたという髙地君のがなり声(?)を使って『人人人』を再演してみては頂けないものかしら

*9:初めてSixTONESのライブに入ったJr.担の方が蛇の目の色がユニット曲でメンバーカラーになる気配りに感心していたのですが、最後まで自分では確認できずツアー終了

*10:本ツアーのパンフレットの座談会、「最小限しか休まないストイックなグループ。”6人”を見に来ている人のために極力ステージ上に6人いよう」というくだりも、7のステージ演出についても私と思いを同じくしているようで嬉しかったです。065_2023年11月13日_慣声の法則 円盤、アトリエの前で第38回 - 書簡・編 より「挨拶から「Risky」のイントロまでたったの2分10秒。「人人人」のアウトロを利用してのスキャットしながらのジープへの移動も円滑。SixTONESのライブの素晴らしさは「空白の時間の少なさ、曲間や装置、ステージ間の以降のシームレスさ」だと本当に感心する。6人全員がステージから下がっていたのは3時間中、4分20秒に過ぎない。客席が置いてきぼりになる時間帯を作らぬ献身に驚嘆」 「どんなにすごい機構を使おうと特効が派手であろうとモニターを大きくしようと、そこに人がいてパフォーマンスをしている事こそが重要で*3、感動はそこにある。立つ場所が変わってもSixTONESがその一事に変わらず誠実で献身的であるということを改めて実感したライブでした。そして映像作品も同じく。映像技術ありきのこれみよがしさがなく、数万人分の3時間を6人で埋め尽くして下さったという事実に忠実でいて、演者、演出、その時間空間の魅力に映像ならではの修飾を施して数倍増させてくれる」

*11:今年のペンライトの重さに東京公演では前腕の筋肉痛になりましたが、その後なんなく振り回せるようになりました。”首”がしっかりしていて握りしめないでも吹っ飛ばないことがわかりコツをつかんだからか、筋力もついたのかしら。

*12:北斗さんがわざと歌詞をごまかしている?(笑)のもご愛敬、抜け感の演出かと思えて笑えてしまう

*13:今回入った2公演ともアリーナ席だった友人の席運を喜びつつ、この機構のダイナミックな動きを俯瞰でも見て欲しかったなとも思ったくらい、上からの眺めは壮観でした。

*14:逆転系のポーズをマットなしの硬い床で汗だくの衣装ですると考えただけで大変そう。下肢を挙上したら首は絶対に動かしてはならないのです。首、いわしちゃうから

*15:自分が参加できなかった大阪初日に初披露されたと聞いても立ち会えなかった寂しさを感じなかったのは(まあこれだけ多数回参加させて頂いておいて不平もないだろうというツッコミは自分でしておきますが)YouTubeですぐに共有させて下さるSixTONESさんの心遣いのお陰。公式さんがリアタイ推奨ポストしておられた2月23日の『ザ!鉄腕!DASH!!』もライブ帰りにネタバレよけしつつTVer観るかと覚悟していましたが、ご本人達と一緒に『Golden SixTONES』レギュラー化の告知を拝見できるとは。本当にありがたい、一生の思い出になる企画でした。スタッフさんにも色々大変でしたでしょうにご高配ありがとうございました。

*16:せっかくのダンスをしっかり観ていられないのが少し残念ではありつつも(笑) ま、最近はしっかりライブ円盤化して下さるからそちらでじっくり…と思いながら映像を観ていても盛り上がって自分が動いているという(笑

*17: 068_2024年5月21日_VVS - 書簡・編 より「ところが今回のデコトラは自ら運転するのでなかったなら*15駆動装置のないフロートでもよくないだろうか?とひとしきり(笑) 360°ステージであるが故に生まれた外野の奥のスタンド席。崖のような切り立つフェンスで直下の視界を遮られる外野スタンドからはトラックといえど自動車の車高では近くに来て下さっても見えないのです。当然、トロッコも直下に近づいてきて下さった時には見えない。エンドステージ型だと外野スタンドは見切れ席ではあってもメインステージは近く、舞台袖に来て下さったりフロートが出入りする時には近さが嬉しいのですが。360°ステージという新たな試みに敬意を表しつつ、よりよいものになって欲しいので、プロには想定内の事象と思いつつも老婆心からの客席からのご報告まで。今後また外野スタンド奥が客席になる構成を選択される場合は、少しでも高さをかせげそうなフロートを選んで下さると嬉しいかも」

*18:北斗さんがパンフレットで述べておられた「ただただ一緒にバカ騒ぎに付き合ってほしい! 勢いや派手さとか、クレイジーで突き抜けたエンタメがあってこそ、この6人は一緒にいられてるんだろうなと思うの~ああいうのを一生、ファンの人たちも巻き込んでやっていたい」に完全同意。一生巻き込んでくださいませ

*19:初日に連番していた友人がトロッコが周り出した途端に泣き崩れ、何事かと思ったら歴代トロッコだと教えてくれたのです。私は事務所が変わっても資材管理して下さる部署の体制が維持されていることに感動しました。timelesz projectでも事務所の衣裳倉庫が映された時は大感激でした。

*20:実は今ツアー、SixTONESさんのライブでは初めてペンライトを下げて下さいと後ろの方に言われました。同様に言われている方を複数目にしたのでこれまでの”文化”と異なる方達がとうとう入ってこられたのだと実感したものでした(はい、大人しく下げてよけました)

*21:「 ロクオン!」のFC会員向けアンコールで『THE D-MOTION』が流れた時だけは、これは私へのプレゼントだと勝手に思いこんで大歓喜しました(笑) 名古屋1日目のアンコールとオーラスで私の大好きな「サングラスおでこ出し」をして下さったのは私へのご褒美だと思いこんでいます(笑)はい、お陰様で幸せなオタク生活送らせて頂いております。何しろ「オタクって誰かを引かせてなんぼ」というありがたきお墨付きの言葉がありますしね

*22:スタジアム公演の参加経験は嵐の国立と仙台、SMAP、NEWSの15周年、King Gnuさん位しかありませんが

072_2025年4月1日_映画ファーストキス 1ST KISS

拝啓 

 小雪降る北海道から帰れば桜開花の初夏の気温の関東。一転今週は寒い雨。体調管理も大変ですがお元気でお過ごしでしょうか。既に若干旧聞となりますが、キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞受賞、MTV VMAJグループ賞受賞おめでとうございます。キネ旬表彰式の招待状は早朝から書店に並び無事確保。表彰式は仕事からぎりぎりで伺いましたが、壇上の北斗さんの表情も具に拝見できる席でお祝いできたことが本当に嬉しかったです。MTV VMAJのPre-Showも人波に押されて気づけばレッドカーペット近くにおり(笑)皆さんの雄姿が誇らしかった。推し甲斐のある推しに恵まれた幸せに感謝する佳きことばかりの嬉しき春です。

 北斗さんの働きっぷりに書きたいことだらけではありますが、今回は映画「ファーストキス 1ST KISS[1]」について。1月28日の公開直前舞台挨拶中継付試写会で拝見し、ネタバレは避けながら興奮冷めやらず、うわごとの如き感想を放っていたので恥ずかしながらひょっとしたら北斗さんの目にも触れたかもしれませんが「私的基準において松村北斗がこれまでの最高到達点を軽く更新した」とにかく魅力的な硯駈像。それが自分の思う北斗さんの妙味と合致しすぎていて、硯駆を好きなのか演じる松村北斗を好きなのかわからなくなる。さすがに「次にステージに立つ松村北斗 of SixTONESに対面した時、霞んで見えたらどうしよう」は杞憂ではありましたが(笑)日本の映画業界好みの「感動の純愛物語」的宣伝に反しカンナさんの”勢い”に魅了され、お二人の掛け合いに笑い、典型的なイケメン設定ではないのにこの上なく魅力的に大スクリーンに映し出された北斗さんを堪能した至福の時間。制作に携わられた全ての方に感謝し、自分もこの愛すべき作品の制作にちょっとだけ関わることが叶った幸福[2]をかみしめたのでした。その後、紙を忘れて手掌・手背から前腕いっぱいにメモをとった2回目(案の定読めねー(笑))。3回目はA5ノート21ページの「好きなところメモ」ができあがり。楽しかったYOUNG OLDツアーも最終公演を残すのみで福岡、札幌と不確定要素の多い遠征に気をもむこともなくなり、確定申告や年度末雑事も終えた今、漸く感想をまとめている次第。既に世評も非常に高く、今更自分の感想など送りつけても、と思いつつ壁打ちでもいいやと書いています(笑)。  

 まずはとにかく松たか子さん演じるカンナのとにかくキュートで素敵だったこと!冒頭、お札で涎を拭く様に笑いながらぐいぐいカンナの人物像に引き込まれました。ぼろぼろでちょっとがさつにも見えるカンナを下品な人が演じたら目も当てられないけれど、真に上品な方だから映像がもつ[3]。リモコンを探すカンナが遺影を前に鼻をくすんとさせるのは感傷に浸っているのではなく餃子の焦げの匂いを感知しただけだったりするおかしさや、舞台セットの上から小道具を渡す”勇敢な”姿がなんとも痛快で、こんな人なら目的のために幾度もタイムリープするガッツな行動も納得が行く。もう一度タイムトラベルに行かんとハンドルを切るカンナの「ごめんなさーい」のやんちゃさが素敵で、きっと三宅坂を通過するたびにわくわくしてしまうことでしょう。いちいち小声で「タカバタケ」と訂正しながら走り抜けるところ、「ダサっ」と言いながら一番ダサい T シャツ選んでいるところ、犬にまみれるシーンやフリスビーを華麗に投げ分けて犬を蹴散らす様、そのスローモーション、大真面目にエレベーターホールに座って”駈待ち”する姿[4]、「顔面直してきます」や”久しぶりの”キスをスウェイして避ける様、等々、かわいくておかしくて本当に魅力的で、年齢など関係なく駈が惹かれるのも納得。面白みだけでなく「諦めるの早いよ」と駈に言われて大量の写真を投げ出す気っ風、幾度目かの失敗が辛いはずなのに「甘党になってるの」とツッコミながら、まだ未来は変えられると立ち直る強さ。そんなわかりやすいシーンも素晴らしかったですが、松たか子さんの凄まじさを感じたのが、焦げ付いた餃子を目にして「死ぬ」と口にした一瞬後の表情の「虚無」。「楽しかった…」とベッドの上で丸くなる姿の楽しさと寂しさの絶妙な混在。奮闘にもかかわらず結局何も変わらない状況で部屋に立ち尽くすカンナから徐々にカメラが引いて行くシーンの寂寥。書店で「餞別だ」と言われた直後の目に宿る複雑な感情。白髪を抜くやさぐれた顔面。手紙を一瞬ぱっと見て目をそらす瞬間に溢れ出る万感の思い。「一生わからなくていいよ」と言った時の風の音と目の色。どれも単純化できない幾層にも重なり合った複雑な人間の感情を一瞬の表情と佇まいで表していて、ここまでの人物造形の深みがあってこそ、配偶者の死という悲劇の中で笑いを誘われ、そこまで厳密ではない設定のタイムリープファンタジーが説得力を持つのだと思います。すさまじいと思ったのは「ダメ?って聞くの、やめて」の後の口角を上げるだけ上げた作り笑いのまま振り返りつつ憤怒へと変わる様の阿修羅像の如き変化でした。対する北斗さんの淡々とした「お帰りー」の何とも嫌な感じ、静かな抑揚の中にこもった毒、「エアコンついてた」の声色の苛立ち。以前から北斗さんの強みだと思っていた嫌味や不快感の表出の巧みさ自然さが存分に発揮されていて、二人の関係性が壊れていく様の如実なこと。会話のない互いに無関心な2人の台所シーンのあまりに見事に交わらず妙に円滑な動線は、この動きに至るにどれだけシミュレーションを重ねたのだろうかと思いをはせたり、いや自然な動きの協調だったら驚異的だと思ったり[5]。そんな関係の冷たさが明らかに示される程、カンナさんの奮闘のおかしみや2回目の15年の幸せがより強調されるのでしょう。だからその現れとしてのベルトの上の腹の肉や白髪、頬たるんだ渋面の遺影に違和感があってはならない。その点で、悔いと懺悔の日々を重ねた不精髭の夏彦や、エリートの片鱗を覗かせながらも思うに任せぬ日常を生きる山添君を演じきった北斗さんに、オタクで奥手で気弱で妙なところで筋の通った、人間臭く嫌味もいうし不快感も露わにする、まさにこれぞ人間、という硯駈役を与えて下さった坂元裕二脚本とキャスティングされた方の慧眼、塚原あゆ子監督の手腕に感動しています。坂元さんは北斗さんの老けメイクがファンの怒りを買うのではないかと危惧していらしたとのことですが、キャリア初期こそ澤山梢平や堂城一馬のような癖のある役を演じていたものの、訳ありでも“イケメン”がデフォルトの役続きであったから、イケメン忖度[6]のない、必ずしも「美しい存在」ではない人間を生きる北斗さんを映した作品が広く高評価を得たことが、私は本当に嬉しかったです。

 しかしながら、この映画は「硯駈にもう一度恋をしてしまう」ことに説得力がないといけない。そしてまんまと術中に嵌った私はこの作品を観ていると「どうして硯駈=松村北斗は自分のものでないのか」と歯噛みしたい感情を禁じ得なかった(笑) この作品で私はじめ全人類が魅せられた(笑)硯駈の魅力は、素朴さ、健全さ、おかしみ、かわいさ[7]、カンナの勢いに巻き込まれたり、うろたえたりするその関係性の面白さ。そして硯駈の人物像が深みをもち、物語を単なるメロドラマや荒唐無稽なSFにせずリアルな説得力を持たせたのは彼の科学者らしい客観的理性と俯瞰であったのではないか。その側面も、優れた感受性と唐突な狂気という飛び道具を装備しながらも非常に理詰めでプラグマティックな人でもある松村北斗という人間の魅力が根底にあるのではないかと思っているのです(わかった様なことを言ってすみません)。

  硯駈のかわいさ、やばさは、登場早々に既に炸裂している。目の前に転落してきた女性にハンカチを差し出す親切さがありながら「あなたの汚らしい顔」と口にしてしまう理系男子らしい素朴な失礼さ(笑)。華麗に逃亡するカンナの背景で盛大に転ぶ鈍くささ…数十秒でその人物像がほぼ理解できる秀逸な、そして逃げ惑い転落すると偶然クッションの山の上で無事だという映画的な嘘の面白さも加わった、愛してやまぬ登場シーンです。プロポーズの言葉にカンナが「硯カンナ」と口にしてみている時点でOKなのは明白なのに、改めて返事を聞いて「え?」と一瞬みせる上目遣いとはにかみ笑い(2度目の人生のプロポーズは勝ち確感があるけれど(笑))、カンナの「顔直してきます」を聞いての小さなガッツポーズ、カンナに拒絶され涙をためた顔…この愛おしさよ。そして、そんな朴訥さがカンナの勢いに振り回される駈という極上の関係を創り出すに最適。これまでも例えば藤沢さんの放つ「髪切ろっか」「北極星ではなくて飛行機」に対する山添君の「え~」、希に迫られた夏彦の優柔不断でずるさの滲む「えー...」、純と柊麿、若き日の夏代と鉄平…名女優演じる女性に翻弄される様は松村北斗の名人芸だと思っていましたが、今回のカンナ vs 駈も最高。「おばさんのこと好きなんだよ」と聞いた時の2度目の「え」のうろたえ方、気合いをいれて駈を誘うカンナへの応答の間あい。「ドライアイなんですか?」の”態度”の絶妙さ。「妹さんか何か…」にかぶせるように「私ですっ」と言うその間…枚挙にいとまがありませんが、犬まみれ後のトイレ前の何ともいえない空気感とやりとりは映画史に残る名シーンであったと思います。気まずさと興味と好意との入り混じった機微に満ちた空気感と、氷屋さんに同行するまでのやり取りの絶妙さ。かけひきできない奥手が異性を誘うに迷いに迷う様の秀逸なこと[8]。そして、みんな大好き「ごめん、それもう一回ちょうだい」のカンナさんが最高にキュートで繰り返すごとにきれいになっていくこと、対する駈の「これ以上僕をドキドキさせないでください」の素朴さに、なぜか3回目の鑑賞時は涙してしまったりして。そんな駈の実直さと共存する、科学者としての冷静さ、理系らしいやや頓珍漢なところも魅力を倍増させている。プロポーズにそぐわぬ「生物学的多様性」という言葉や、かき氷店の列での「はい、ご質問でしょうか」という学会の質疑応答のような返事には笑いました。随所に笑える和みがある中で「未来が決まっているって素敵ではないですか」という後の運命を受け入れる態度の伏線的台詞が混じる脚本の妙。科学者のはしくれとしては、悲劇的な運命でも客観的な興味を持ってしまう感じはわかるような気がします。その冷静さが顕著だったのが付箋を見つけた後に何気ない風でかき氷の話をしている、その間の目の落とし方や疑念こもるまなざし。静かに「2024年に僕は死ぬの?君は誰」と問う素晴らしき抑揚。着席を促す手の動きと「はい」の決然とした響き。いかようにも劇的にできるところに抑制を効かせてくれて、これぞ硯駈、松村北斗が演じてくれていてよかった、と思ったシーンでした。この部分、脚本では「死ぬんですか?」になっていたのが「死ぬの?」になっていた[9]ように、ここで攻勢に転じた駈はその後の高原ホテルのシーン[10]ではカンナと対等に言葉の応酬をしている。一方で全てが明かされて行く中では当然、人間的な弱さも露わにする。その落ち着きと弱々しさのふり幅の自然な行き来が素晴らしい。見上げる目とかすれ声もか細き「ごめんなさい」「離婚する?」 「離婚したくないよ」。そして再び「確かにちょっと短いね でも何回やっても同じ結末になるんでしょ」 「悪くないね、なかなかかっこいい死に方だ」「あと、十五年か……それは確かにちょっと短いね」の他人事かと思う程の冷静さ。それは北斗さんの持つ、ある感情だけに浸ってしまう“べたさ”胡散臭さに対する鋭い嗅覚、三点リーダーが2つ連なる脚本の余白のニュアンスを過不足なく表現につなげられる洞察力がなせる技だと思います。さらに、モノクロ映像で生々しさを削いでいてもやはり衝撃的な物語冒頭の死を、生物史の大きな時間の流れと人間の一生とを自ら対比した「ちゅん」という間の抜けた音で表してしまう脚本の軽みを表現しきることができるのも稀有で素敵な個性。シナリオに45回も「死」という語が出てくるこの作品におかしみを湛えさせ、悲劇と憐憫に浸るだけの話に陥ることから救っているのは紛れもなくそんな北斗さんの持ち味だと思うのです。重い枷を背負った「キリエのうた」の夏彦も、登場シーンは何ともいえぬおかしみがあったし「悲痛な心情」を全開にしても差し支えないシーンであっても過剰にならなかったのは、人間の感情の一面的ではない複雑さに対する想像力あってこそ。感動を誘うよう意図すればいくらでも出来る状況で抑制の効いた表現に留めることで真実味を出せる。「夜明けのすべて」で『山添君の人間性や物語の性質を踏まえ、観る人の感情を誘い出そうとするようなあざとさが出たら、気持ち悪く感じてしまうであろうし、原作からも外れてしまう』と語られていたことに演じ手としての誠実さとそれを叶える技量が感じられて私は好きなのですが、お陰で観る側としては、100%悲劇的な状況など人生にはないという微かな希望に救われる。それを成し遂げるには「これみよがし=映像に自分の爪痕を残したいという欲や思惑」の透けて見えない謙虚さと、ある人物を映像で表現することに対する誠実さが必要で、それがこれまでの作品で共演された方のおっしゃる”上品さ”、新海監督の評する”清潔感”なのではないかと思うし、本作で初めて北斗さんを観た方にも魅力が伝わった所以だと思います。

 そして、この重要なシーンで聞こえるのが二人の会話とヒグラシの声だけという演出も上品なこと。幼少期に晩夏の伊豆の宿で夕方一人部屋で聞いたヒグラシの声に世界の終末のような何とも底しれぬ寂しさを覚えた記憶がありますが、この状況の二人の会話の後ろに流れるそれは二人のおかれた状況と切なさを十分に感じとらせてくれる。その蝉の声も2度目の駈の死の後はアブラゼミになっていて、淡々と役所に届を済ませ、新しいトースターでいつも通りにパンを焼くカンナの「あっつい、あっつい!」に転化する内心のやるせなさ、欠落感が伝わってくる要素となっているようで[11]。幸せな生活に突然死を告げる電話が無音であったこと、「帰ってきたら(ゲームの)続きね」に返事しない(できなかったのか、覚悟の表れなのか)駈の後姿等、感傷的な音楽や効果音をつけずに『無音』(正確には電車の音や蝉の声など生活音)でこちらの自由に感じとらせてくれる、観る者を信頼してくれる演出のありがたさ。

 そんな『音』の力もさることながら、この映画は『光』も美しく、やはり劇場で観るべき作品だと思います。例えば台所のふわんとした、真夏なのに紗のかかった輝度の低い薄い光の美しいことや、ロープウェイで手をかざす駈に差す光の色、やり直しの15年では台所や部屋の照度と明度がやや高いこと等、色合いの微かな含意が素晴らしく奏効していると思うのです。北斗さんの出演作品には、このように過剰な演出や饒舌な台詞に頼らず、心持ちや関係性が光のニュアンスで伝わり、余白ある感情表現を可能にしているものが数々ありますよね。「カムカムエヴリバディ」では柔らかな窓からの陽光やお祭りの提灯の淡い光、樹々からもれる陽光に照らされた安子ちゃんと稔さんの逢瀬。「夜明けのすべて」で自転車をゆっくりゆっくり漕ぐ山添君を照らす陽光、坂道を下る遠景のバイクの灯火、見送る藤沢さんの頬に光る太陽光、窓の揺れるカーテン。それらは北斗さんの「作品の一部としてありたい」願いの表れでもあるのでしょうし、作り手の、演じ手と観る者に任せられるだけの信念あってのことだと思うのです。そんな自然さと観るものに委ねてくださる包容力が塚原あゆ子監督の素敵なところで手腕でもあるように思います。

 最近北斗さんがお仕事をご一緒された監督達の中では、例えば岩井俊二監督や蜷川実花監督は自らの趣味嗜好を全開に展開する「芸術家」でけれんや癖こそが作風で、塚原監督は対照的に坂元裕二さんがパンフレットで評した「けれんのなさ」というのが当を得ている、「我を出さない」抑制的な作風のように思います。それは社員=実務家として制作にあたったことがキャリアのスタートであったからでしょうか。私はその塚原監督の創り出す世界が北斗さんの俳優としてのあり方と今回は好相性であったのだなと思っています[12]。岩井監督、蜷川監督の作品では「監督の創り出す世界の素材」として高度に機能していた北斗さんは役柄を体現する力量で高い評価を得た。「夜明けのすべて」では求道的ストイックさをもって原作の世界観を再現せんとされていた三宅監督とともに生み出した、機微に富む人間関係と山添君という存在が多くの人の共感と好意をもって受け入れられた。今回の硯駈は塚原監督と坂元裕二脚本が観る者、演じ手に委ねた結果「硯駈というとてつもなく愛すべき存在」が松村北斗という俳優との境界線が不明瞭な(含有された)存在として熱烈な支持を得たように思っています。勿論、現場を垣間見た程度でわかることではないのであくまで観る者の勝手な推測ではありますが。

 そんな本作は恐らく監督の色より脚本家の作家性のより強いものであったのでしょう。坂元裕二脚本の作品はこれまでも見てきましたが、本作は全てを知った駈が何も知らないカンナと出会い直し、見守る立場が入れ替わるという物語の構造が凄いし、シナリオブックを読んで「3点リーダー×2連」の頻出する余白の多さに驚きました。北斗さんはその余白を過不足なく体現し見事に溶け込んでいて、それは坂元裕二作品常連の名優松たか子にも通じる部分ではないかと思った次第。加えて建前や紋切り型に語られること、人間のなんとなく嫌な感じ、というものに対する感性が、北斗さんと坂元裕二脚本に相通じるものがあるからかしら、と思うのです。例えば冒頭からの「動物好き」や「夫婦愛」など建前で善と語られることに対するぼやきや、YOUさん演じるテレビ局プロデューサー達の掲げる「正義」「感動」のうさんくさささ(あのお陰で観る側には説明台詞なく事情がわかるわけではありますが)に対するカンナの「すごーい」という反応の辛辣さ[13]。尊敬故に飲めない酒に付き合っている部下にさらに酒を勧める天馬教授の無神経さ。犬に絡まれて「苦しんでいる」カンナに気づかぬ独善[14]。ジャム開栓のために部下を起こし、パンフレットを懸命に手配しているのに呼びかけは名前ではなく”君”だという鼻もちないところ。夫を亡くした人に対して「彼は幸せだったのか?(私なら違った)」と聞ける里津の無神経さ。職業人として活躍している妻に「襟の黄ばみ」を持ち出す絶妙に嫌な感じ。この二人の家に婿として入ってもとうてい幸せにはなれなさそうなその人間性がありありとわかる[15]。その含みがあってこそ、2回目の最後の朝に何気なく「クリーニング何時だったっけ」という言葉を発するカンナと、駈亡き部屋にあるアイロンが2度目の生活の幸せを示唆しているようで心に響きました。そして「君は今日も面白いです」を最高の愛情表現にしたのは、明治の文豪の「月がきれいですね」に匹敵する坂元脚本の令和の大発明。こんなに愛に溢れたまなざしがあるでしょうか。はっとさせられたのは「淋しさはまずはじめに、好きだっていう思いからはじまっていて、あの日出会って、好きになったこと、なれたこと、それが淋しさの正体です」。以前そんなことをSixTONESに思ったと思いださせられて「坂元裕二、お前、俺?」(笑)。ありがたかったのは、誰もが涙する感動的な手紙ではなく、駈が注文してくれた餃子に「ありがと、へへっ」で終わることで後味軽くすっきりと映画館を後にできたことでした。本当に、はじまりから終わりまで、そして細部に至るまで素敵な、大好きな作品です。恋愛物はあまり得意ではない私がこんな素敵な作品に出会えたのは塚原監督と北斗さん出演のお陰です。ありがとうございます。

 

 そしてそんな作品中の名言を先週から痛々しく反芻している札幌帰りの今の自分がいて、それが2か月おいたこの題材で一気に感想を書き上げる燃料になったのだから笑えます。-中略- 今年のツアーがどれだけ大好きでわくわくしながら参加しているかを伝えられていたなら、と幾度も思い返し。その度に北斗さんのエピソードトーク愛好家として幾度も聞いてきた他人とのやりとりに動揺、後悔される話や、自分があたふたして妙な振る舞いをしてしまったらもう札幌も行かずに帰りたくなってしまったかも、などと「何もしなかった」ことの正統性を持ち出して自分をなだめ。感想を書き上げることで昇華させる作戦に切り替えたのでした(笑)。ああ「それ、もう1回頂戴」できたならば、次のターンでは違うふるまいができるかしら。嬉しき遭遇が却って迷いや悔いを呼んでおろおろ気をもんでいる自分の状態に「淋しさの正体」を解き明かした言葉が刺さりまくる。まあ本作で塚原監督も「些細なことで仲違いしてしまったとか、あの時にあんなこと言わなければよかったとか、そんな思いを抱えてきている人たちに、ぜひ観てほしい」とおっしゃっていたではないか、と気を取り直す桜満開の春の日。ツアー大団円を迎える名古屋でお目にかかれるのを楽しみに。

いつでも、どんな北斗さんも応援しています。               かしこ

 

[1] あら、ここにもSTが(笑)

[2] アンナチュラル以来大好きな塚原あゆ子監督作品の近所での撮影でエキストラ募集をしていて、翌日の仕事が午後に変更になるなど偶然に呼ばれ火曜深夜の撮影に参加したのでした。-以下略-

[3] これは様々な描写が露骨にならない松村-オブラート-北斗にも通じる部分ではないかと思うのです

[4] 野暮な典型的理系と描写されている駈にも絵画を好むような側面もあるのかしら

[5] 「カムカムエヴリバディ」ディッパーマウスブルースでのシーン。演出なのか俳優どうしの呼吸で生じた偶然か、稔さんと安子ちゃんの動きのシンクロが面白くて何回も繰り返し見ててしまったものでしたけれど、逆の意味での見事な連携っぷりでした。

[6] こんな姿見せときゃファンは喜ぶだろう的なファンサービスショット的なものの需要は理解していますが、それを客寄せにしたり主役しか許されなかったりするのはあまりに勿体ない。

[7] それは北斗さんそのままご自身の個性でもあるのかしら。なぜ同じ鈍感理系男子でもシュッとした楠見君には感じなかったレベルの愛おしさをこの純朴理系青年には抱いてしまうのかは謎、謎(笑) いや、楠見君も大好きでしたが。

[8] それは従前から北斗さんの他人との交流における気まずさのエピソードトークを聞いていたからこその理解だろうかと自問したのですが、今回初めて北斗さんを知った方々の高評価を聴くに、そうではないのでしょう。ただ、駈氏「僕からお願いがあります 」以降突然“女慣れ”してしまう感あり。「お風呂入る人~」なんて台詞なあ…(笑)

[9] 脚本と実際の映画の相違点をみつけて楽しんでいたのですが、ここでの口調の改変は大正解だと思います。

[10] 会話のテンポと面白さからパンフレットを読むまでは長いと思わなかった。パンフレット、装丁も仕様も素敵だけれど内容も濃いですね。

[11] この演出は本当に素敵なのですが、虫の声を聴き分けるのは日本人だけでたいていの外国人には雑音にしか聞こえないらしいというので、この映画が世界に出た時、ある種の蝉の声が日本人にもたらす 感情の機微は伝わるのであろうかという疑問もある。これは「すずめの戸締まり」で、ある年齢以上の日本人が「東日本大震災」という事象に惹起され共有する感情を海外の人が理解し得るのかという疑問にも通じるものでしたが、そちらは杞憂であったようで、虫の声が雑音に聞こえる人達にもこの作品のコンテクストは理解されるのであろうと。

[12] 逆に、ストーリーも面白く、役のビジュアルや設定も魅力的だったのに、なぜか作品は普通に好きでも語り倒すような夢中さにはなれなかったのが「ノッキンオンロックドドア」。仲間ゆきえさんや戸田恵梨香さん、阿部寛さん等を堤監督が弄り倒し創り出した人物像には熱狂的なキャラクターファンができたのだから、堤幸彦監督の「外連」とテンポ感、作家性と、北斗さんの反射神経やライブ感、当意即妙さ、奇矯な反応をもたらす変な勢い感(褒めています)がマッチしたらすごく素敵だったろうにと私は思っているのです。そもそもクール枠で作品の趣向が違っていて私の意見が的外れなのかもしれませんが(笑)北斗さんと大吾君には遠慮されたのか、監督とW主演のお二人の相性なのか。まだキャリア浅き日の二宮和也には「Stand Up!!」で鼻水だらけのぐじゃぐじゃの泣き顔を画面いっぱいに映しださせ、光一君にもすべりギャグキャラをさせたのから所属の問題ではなかったと思うのですよね。きれっきれの倒理もいつか観てみたい気がします。

[13] 強いて脚本に注文をつけるなら、カンナが変えてしまった世界で居眠り運転を起こした運転士は本当に気の毒。居眠り運転という状況を設定せずとも、急カーブで停止ボタンを押されれば事故は起き得たのではないかと思うのです。

[14] リリーさんの発する「おばさん」っていう響きはすごく好きです(笑)

[15] それをありそうな感じでみせるリリーさんと吉岡里帆さんの上手さ。吉岡さんは「Gメン」でのキレ芸や「xxxHOLiC」でのやりすぎぎりぎり感もすごいと思ったけれど、ひっそりと鼻もちならない感じを出すのも本当に上手。

[16] 略

071_2025年1月13日_COUNTDOWN JAPAN24/25~アイドルとフェス考

拝啓 お正月からの澄んだ冬空に東京湾越しのスカイツリーがくっきり浮かび、楽しかった年越しが思い出されます。大晦日は待望のフェスで我が地元に再びおいで頂くことが叶い、嬉しかったです。素晴らしいステージをありがとうございました。今頃はドラマの撮影とツアーリハーサルに大忙しのことと拝察しますが、お元気でお過ごしでしょうか。2023年5月のVVS感想の難産ぶりに心挫けたか、好きが嵩じて手が止まるのか、すっかり寡筆になった間に北斗さんとSixTONESさんは様々な作品を世に出され。桜の開花はさすがに5月まで伸びはすまい(笑)と思いつつ、せめて大晦日のフェスの感想くらいはまとめようと、一時は諦めていたお手紙に取り組むことにいたしました。

COUNTDOWN JAPAN 24/25(以下、CDJ2425)のSixTONESさんのステージにはEARTH STAGE客席エリアの上手端、ドリーショット用レールの柵の前で参加しました。ステージ前の場所指定制前方エリアの抽選には外れたけれど、ステージ奥は見切れてもバンドより前は見えるし目線とステージの間の大スクリーンで見切れを補完可能なぎりぎりの端の、しかも最前に陣取れたので嬉しさいっぱい。勿論参加叶わぬ方もおられる中、現地参加できるだけで幸せだし、フェスは見える見えないとに関わらず踊らにゃ損損なわけで、とりあえず予想など何もせず、ただ出てきたものを楽しもうというスタンスで臨みました。

私と夫は開場時間に入場し、グッズを受け取りクロークにコート等預け軽食をとってからEARTH STAGEに入ったけれど、既に前方エリアやPAブースを囲む柵という柵にはVVSタオルがかけられていて、一番手のねぐせさんの開始2時間前、つまりSixTONESさん出番の4時間以上前には前方からPAブース柵に至る数列のSixTONES待ちの層が形成されていた。ねぐせさんとマルシィさんのステージではちょっと予習もしていったし、周りのファンの方々を見て一緒にC&Rをする、フェスならではの楽しさも存分に味わえた。そして最後の1曲の余韻の中、まだステージ上にマルシィさんがおられる間に客席エリア前方で中央に向かう人流が発生し、同時に後方で地鳴りのような音とともに人が蠢いた。端にいてのまれずに済んだことを安堵する程の大波。それだけSixTONESに期待する人が多くいる証左とはいえ、マルシィさんとファンの方にはちょっと申し訳なく思ったことでした。

そして待ってました!大好きなごっちゃり派手衣装でSixTONESさん登場。1曲目『こっから』のイントロに脳が突沸し、その後は時々上手の端まで来て下さるメンバー、特に北斗さんの断片的な視覚情報以外の言語化できる記憶がほぼない。SixTONESの音楽を享受し、この場で盛り上がろうとの謎の使命感含みで、そこからの小一時間はただ目の前で繰り広げられるパフォーマンスに呼応してペンライトを振り、跳び、身体を動かしていただけの忘我の時間。それでも自分は忠実に「1,2,3,4」の手振りやら、それぞれの曲のC&Rをしていたけれど、後で聞けばSixTONESさんご本人達すらその場の勢いで細かい振りをとばして大煽り大会になっていたらしいのもご愛敬(笑)

思えば1ステージ制の「ごぶごぶフェスティバル2024(以下、ごぶごぶフェス)」や「Talking Rock! FES.2024」ではSixTONES初めての方もそれなりの数おられるだろうから、まずは最も聴かれた曲の1つである『こっから』を名刺がわりとするのは当然であったでしょう。一方、SixTONESは初参加とはいえCDJ2425は入れ替え制で、大多数の聴衆は選んでそこにいる。そこで過去2回のフェスを踏襲した1曲目を選んだのは、単独ライブでは初披露曲をオープニングとするような捻りをかましてくるステージ巧者のSixTONESさんにして、やはりまだ慎重な、お邪魔します感覚だったのでしょうか。しかしながら『こっから』は、共に歌ったり踊ったりしやすい曲ではなく、登場の挨拶と曲中の煽りこそあれ語りかけ呼応を誘う歌詞でもない。コアなオタクは自ずといれるが初見でもできるわかりやすいC&Rもない。しかも空間使いに長けたSixTONESさんにしても、東京ドームのメインステージから2階スタンド最上段までと同じ奥行150mのEARTH STAGEの客席エリアにおいてメインステージのみの構成では接近戦もできず、生バンドがいるとはいえセットで工夫できわけでもない身体性のみの勝負。何より自分達が楽しみぶち上り、その歌唱とダンスと存在感、発するエネルギーで聴衆をいざなうしか術はない。それも「楽しいという体のパフォーマンスをしてみせる」のではなく「歌うこと、踊ること、その場に立っていることが真に楽しくて仕方ない」姿を見せていることで客席中が引きこまれていく在りようこそ、アイドルがそこに立つことの真価だと実感させてもらったように思います。通常の活動でも「所謂アイドル」の路線からは半歩はずした道を行き、フェス用には「強い曲」を選択したとはいえ、これぞSixTONES、ジャニーズアイドル、と顕示するかのようなファーも派手やかで華麗な衣装を纏って登場し、献身的にステージの端から端まで幅を存分に使って走り回り、隅なく全ての人々に歌いかけること、それらの行動にアイドルとしての矜持が現れているようでした。そしてそのせっかくのお召し物をパフォーマンス中に脱いでしまうその熱量と運動量!メインステージから遠く150m先の会場の奥の奥までそのエネルギーは歌声に伴われて伝播したことでしょう。その熱を反映したSixTONES担がここぞとばかりに振り回すペンライトも先導して、きっとステージから見晴らす広大なEARTH STAGEには一面にペンライトや手がとりどりに揺れて、美しい光景であったろうなあと想像しています。もちろんその粉骨砕身も一定以上の技術水準あってこそファン以外の聴衆に受け容れられるわけですが、セットリストの強い声、多様な響きにアドリブを織り込み聴かせる類の楽曲のパフォーマンスは既にSixTONESさんは掌中にされている技術だから安心して聴いていられた。初っ端から全開のパフォーマンスと煽りで広大なEARTH STAGEを掌握していらしたように感じられたのは、着実に身につけてきた地力と場数の蓄積の賜物、決して身贔屓などではなかったと思っています。

その点ではステージパフォーマンスの技術的には今と比べれば当然荒削りであったフェス初陣の「YouTube FanFest 2018(以下、YTFF)」。1曲目に選んだ『JAPONICA STYLE』は当時の代表曲であったけれど典型的な人をのせるタイプの楽曲ではなかったし、熱こそ含んでいても『こっから』のような威勢よさはなく、むしろクールで雅なスタイリッシュさが特徴。それが他のアーティストさんのファンの方々も惹きつけ得たのは楽曲とアーティストの魅力もありましょうが、演者の状況や背景と参集したファンの熱気が相まった一体感が周囲を巻き込んだこともあったように思います。MCの紹介で登場するやいなや「よらば斬る」的殺気のひりひりしたパフォーマンスが始まり、1曲終えて小ぼけ含みながら簡潔なにして必要十分な自己紹介をしただけで持ち時間を惜しむように演じられた残り2曲。改めてわずか3曲・15分弱であったのかと驚く程、荒ぶる表情と迫力、当時の緊張感を今でも思い出す濃厚な時間。少なくとも私の心には深く刺さる名演であったけれど、背景に想いを致すようなファン層以外にもデビュー前のグループ特有の切実感や「YouTube アーティストプロモ」に選ばれた新たな展開への希望が反映されたグループとファンの状況が作用したこともあったかもしれないと。

そんなYTFFから5年半を経た初野外の「ごぶごぶフェス」。懇意の主催者のアットホームなフェスという事情も手伝ってか、挨拶代わりにいきなりパフォーマンスを始め、前述の通り典型的な”人をのせる”曲ではない『こっから』で「自分の歌割と振りのある場面以外はとりあえずハンズアップして跳びはね走り回っている」SixTONESさん。対して冒頭2、3曲はやや戸惑い含みであったか、とにかく拳だけは上げていたSixTONESファン以外の方々。曲が進むに連れ徐々に呼吸があってきた様は、最後列からSixTONES担達のぶん回す緑タオルの合間から垣間見た胸熱の光景でした。

 

斯様に聴衆の掴みは演じ手さんも注力されているもののようで、自分の限られた経験の中でもその様式は多様で面白い(ジャニーズでもフェス常連のSUPER EIGHTさんやNEWSさんのアクトには入ったことがないですが)とにかく熱い勢い系(WEST.さん)、余裕の手練れにいつの間にか巻き込まれている系(スカパラさん)、褒めてのせる系(m−floさん)、檄飛ばし系(サンボマスターさん)、ぼやき系(Nulbarichさん、Kroiさん)、悟り系(ENDRECHERI.さん)、やや強引・命令系(なとりさん)、とにかく可愛いぞ系(King & Princeさん、NewJeansさん)、訥々淡々系(曲終わりごとに「ありがと」とつぶやくようにいう羊文学さん(笑))、クール系(サマソニのimase君が妙にすかした感じで、え、私達のらなくてもいいの?と思ったり(笑)、Number_iさん)、ジャニーズど真中系(Hey! Say! JUMPさん)等々。

例えば「DREAM FESTIVAL 2023(以下、ドリフェス2023)」でKing &Princeが一瞬で聴衆の心鷲掴みにした軽妙でかわいらしく人をくった煽り(あの人達、2人体制になってから老夫婦みたいな枯れ芸風になってきていません?)キラーチューン『シンデレラガール』で始まり『なにもの』を経て『名もなきエキストラ』の煽りで海人君の発した「僕たちフェス初心者なんですが、顔と名前と曲と振付だけでも覚えて帰ってくださーい!」(笑)。振付覚えろってかわいくて厚かましい無茶ぶりにもにも程があるぞ(笑) さらに客席、特に後方の民を虜にしたのはフェス参加者には未知の道具であろうトロッコの出動。幕張メッセのHALL 4~6をぶち抜いた平面に27000人が着席する形式のドリフェス。中程に天井モニターこそあれ後方席は絶望的にメインステージには遠く、意地でも能動的に参加する意思のある人以外はおいてけぼりになる。そこにお出ましになったアイドルの最終兵器・トロッコ。間近で仰ぎ見るキンプリちゃんにWANIMAファンの厳ついおじさん含めた皆がめろめろになっている光景は微笑ましく尊いものでした。煽りも「手拍子お願いしまーす!」とアイドル炸裂、なのに16曲の最後は炎の特効は繰出すわ、リミッター外したがっしがしの『ichiban』をかまして無言でクールにはけて行ったギャップも凄まじき。ジャニーズとアイドルの素晴らしさを日々享受している私には溜飲の下がるステージでした。

そして、さらにアイドル仕様の普段のコンサートと変わらぬ様で魅せ、ジャニーズであることのアイデンティティの揺るぎなさを示したのがHey! Say! JUMPさんだったように思います。ジャニーズ出演が恒例のドリフェスで、グループのファンが客席の多数を占めるとはいえ、ファン層の新規開拓も目的であろうし、他界隈の聴衆にも受け入れてもらい楽しませねばならない状況。そこで尖ったダンス曲も持つHey! Say! JUMPさんが王道アイドルなセットリストにしたのは一般に耳にされる機会の多いタイアップ曲を多く持つベテランならではでありましょうが、やはりアイドルの矜持というべきか。ドリフェス2022では山田君と中島君が急病で、3人を欠く体制であったのは残念でしたが、逆にレアな姿、特に私の大好きなジャニーズの社是ともいうべき臨機応変を観られたのはよかったと思っています。因みにその日の席は幕張メッセHALL4-6を連結した130列弱の120列台で、席にいるよりトイレ列に並んでいる方がステージがよく見えて、私も臨機応変に席を外してステージを見たりしていました(笑)

その対極として、同じ出自ながらまさにフェスの王道を行くのが2023、24年のSUMMER SONIC(以下、サマソニ)で参加したマリンスタジアムでのWEST.さん。むしろ普通のバンドさんより余程振り切ったザッツ・フェス仕様のアクトに「フェスの出演者かくあるべしを演じている」のではないかと思う程。その融通無碍さがこの事務所の奥深さとアイドルの可能性の無限さを象徴しているようで本当に心楽しく参加したものでした。’24年の1曲目『ええじゃないか』、’23年の3曲目『ズンドコパラダイス』など私のようなWEST.さんの単独公演には入ったことがない者でもよく耳にする、しかも一緒に踊って参加しやすい定番のふりのある曲で聴衆を自分達の土俵に引き込む。元からのグループカラーであろうけれどセットリストも明快な応援歌揃いで、客席に呼びかけ声を聞き共に歌い、交流する。暑さこそ味方と言わんばかりの真夏の必殺技water cannonを駆使し、メインステージばかりか花道とバックステージ狭しと走る重岡君が、喚き叫びちらし、花道で大の字に転がるるのも、お約束とわかっていて笑ってはいても、その暑苦しさにこそ胸が熱くなる。真昼の海沿いの炎天下のマリンスタジアムであれだけ縦横無尽に動ける凄まじい体力と気力とショウマンシップに、アイドルの底力みたかとちょっと誇らしく思ったり。

同じ2024年サマソニマリンスタジアムのトップバッターでありながらWEST.さんとは対照的にクールであったのがNumber_iさんで、ほぼ終始メインステージでパフォーマンスを続けた彼らが花道を進んで来たのは終盤。優先入場権を当てたが前方で潰されたり日射に当たったりを避けアリーナ後方にいた岸君ファンの友人が、自分ではわからなかったようだけれどスタンドの私達から見るとバックステージ直下に位置していたので漸く花道に出てきてくて喜んだのも束の間、すぐにメインに戻ってしまわれた。パフォーマンスの激しさ故、炎天下の花道で消耗するのを避けたのか、バックダンサーがついていたからか、あるいはカリスマ性を出すため敢えて客席の近くに行かなかったのか、既にアイドルではない立ち位置でおられるのか。色々考えてはみたものの、マリンスタジアムでは夕方のONEREPUBLICさんも夜のMANESKINさんもそれなりに長い時間花道を使っておられたし、13時半開始の晴天のスタジアムで歌い踊り煽りがなりつつ酷暑の花道を幾度も行き来されたR‐指定さんの渾身のパフォーマンスには、体調を心配しながらも胸打たれるものがあったので、やはり会場は広く使って頂けると嬉しいかなと思ったり。

一方で条件は会場の形状や使い方だけでなく、アーティストの特性にもよると思ったのがドリフェス2024のTravis Japan幕張メッセ展示ホール4~9を繋げた巨大な平面エリアに着席式の客席と、メインステージ+短めの花道+島が設置されていた。自分の席は前半ブロック最後列。他のアーティストさんの時間帯は客席も4割程度の埋まり方で、立っていればメインステージもよく見えた。Travis Japanの番になり一斉に会場に入って来たファンが客席を埋めるとメインステージでのパフォーマンスは人の頭と腕の間に垣間見る状態で、花道で踊る彼らはほぼ見えず、後方の客席ではもっと見えなかったことだろう。頼りのモニターも自分が観たい全体像や足元のステップなど映してはくれず、特にフェスでは自分が踊り跳ぶことは最優先事項だから双眼鏡を同時に駆使するなど叶わぬこと(そこに大量のファンサうちわを併用できる人って千手観音?)。さすがにアウェイ慣れ、フェス慣れしたトラジャさんだから客席をくすぐるMCをしたり煽ったりも上手にされていたし、トラッコも出動して後方の人々の笑顔を誘ってくれていた。しかし折角のグループのアイデンティティを体現する全編ダンス曲のセットリストで途中タップシューズへの履き替えまでして踊り倒してくれたのに、ダンスの動きの美しさやキレ、華を堪能したい自分にとっては逆に見えないことでさびしく思えてしまったのが惜しまれて。きっと広大で平坦な会場ではダンスを鑑賞しようなどとは思わず、歌唱を聴き、盛り上がることに主眼をおくのが正解なのでしょうね。

その点ではSixTONESさんがごぶごぶフェスからの3回でほぼ共通して選んだセットリストはフェスの最適解であったのだと思います。勝手に以下の4群に分類しましたが、多様な曲が適切な順序で分散して配されていると思われる。特に第2、3群が交互に演じられ、最後に固めて3群で怒涛の攻めた終盤に入るところにSixTONESさんの緻密な戦略が窺われるように思えて感心しきり。(以下、YTFF=Y、ごぶごぶフェス=G、Talking Rock!フェス=T、CDJ2425=C、数字は曲順)

第1群「名刺(表中の緑)」

挨拶がわりの『JAPONICA STYLE(Y1) 』『こっから(GTC1) 』で始めるのは前段で論じた通り。そして決意表明的な『Amazing!!!!!!(Yラスト)』『アンセム (GTCラスト)』で締める。

第2群「魅せる系(赤)」

『NAVIGATOR(G2)』『ABARERO(G4,T2,C2)』『THE BALLERS(C4)』『マスカラ(T4, C5)』『GONG(T6,C7)』

現時点でのSixTONESのパブリックイメージを最も体現しているであろうシングル曲やアルバムリード曲。例えばTalking Rock!フェス(入っていないけれど(笑))とCDJ2425とでは『こっから』、と続く『ABARERO』の2曲で早くもSixTONESの最も顕著な特長、大きな会場に映える派手やかで個性的な衣装、大柄なメンバーの躍動的で個々とりどりの動きの楽しさを見せつけることができたと思うのです。続く同群の他の3曲も披露し慣れている掌中の曲だから、ロングトーンやアドリブで遊んだりスキルの高さを示すことができるし、グループとしてのカリスマ性すら醸し出せる。初めましての聴衆にSixTONESの強みと魅力を知らしめるのに相応しい強力ライン。

第3群「踊らせる系(黄)」

『Special Order(G2)』『Bang Bang Bangin’(T3, C3)』『S.I.X(T7,C8)』『WHIP THAT(T9,C10)』

SixTONESさん鉄板の最強ラインナップでありながら実はアルバム曲だけで構成されていて、煽り巻き込みペンライトぶん回させる超参加型だから、ライブに参加してこそ醍醐味を味わえるスペシャルな曲達。第2群と異なり聴いた事がない方もおられるであろうに、拳振り上げ跳び駆け回り踊るSixTONESさんの勢いに巻き込まれてとにかくのれ!跳べ!手を叩け!と全聴衆がトランス状態になれる普遍性と魔力。CDJ2425では弾力あるトランポリンのような床材のお陰でまさに40000人が揺れたのを体感した。こんな飛び道具的な楽曲がたくさんあって聴衆が否応なしに巻き込まれていく吸引力はSixTONESさんの得難い個性。初参加の方も「楽しかった~」と言わしめた所以とも思うし、その後の復習に全曲YouTubeで視聴可能なのも素晴らしい。

第4群「薬味系(青)」

『Imitation Rain(G5)』『人人人(T5)』『Something from Nothing(T6)』

他の群で多用される強い声だけでなく、様々な声色や雰囲気で聴かせる曲であり、照明や映像、特効などで修飾しがいのある曲でもある。皆で楽しく暴れるだけでなく、少々趣向の異なるSixTONESも如何?的ないわば味変。野外+偶然の雨というエモーショナルな背景のあったごぶごぶフェスでは『Imitation Rain』。フェス会場としては比較的小さい横浜アリーナの着席環境でコアな音楽ファンが集う状況でのTalking Rock!フェスでは小洒落て人を食ったトリッキーな『人人人』。音響がよく、40000人が広大な平面に集うCDJ2425ではダミ声シャウトやデスヴォイスも駆使する『Something from Nothing』。それぞれが選ばれたのは的確な戦略だなあと思ったり。でも、例えばEARTH STAGEで楽し気に自分達だけ輪になって『人人人』や『オンガク』を歌うSixTONESさんも見てみたかったりもして(笑)

そして、SixTONESのもう一つの真骨頂はやはり楽曲の世界観を具現化した物語性のあるステージ。例えばごぶごぶフェスでのきゃりーぱみゅぱみゅさんや、サマソニでの水曜のカンパネラさんは非常に世界観色濃いセットや演出を採用しておられたから、いつかSixTONESさんがフェスの常連になって創意工夫を巡らせる余裕と地位を得る日がきたら、ごっちゃり飾りで満艦飾のジャニーズ的コートやスーツに、厨2病感満載の演出で登場するのも観てみたい、などと考えたりしています。

 

そんなことをつらつら考えていたら、早くも明日には「GOLD」が手元に届き、さらにもういくつか寝れば「YOUNG OLD」が初日を迎える。次なるめっちゃ強いやつ!!  一緒に超無敵になるやつ!! がやってくる! ~中略~ どんな驚きとどんな期待以上とが待っているのか楽しみにしています。いつでも、どんな北斗さんも応援しています。    かしこ 

SixTONESフェスセットリスト

他グループセットリスト



           

068_2024年5月21日_VVS

拝啓

 風薫る…と書き始めて思うこの暑さ。日中は汗ばむ日もありますが、SixTONESさん、スタッフの皆様にはお元気でお過ごしでしょうか。どきどきわくわく迎えたVVS初日は遠くなりにけり。6人揃ったSixTONESさんとは10か月ぶりの逢瀬。入場と同時に対面した屹立する360°ステージの威容に皆さんのどや顔を想像した初日(笑)。待望の生バンド、センターステージという新しい冒険、挑戦に楽しそうな様を目のあたりにして「最高だぜ!」と快哉を叫んだ京セラドーム初日。SixTONESさん、バンドの皆さん、スタッフさんには当然でしょうけれど、こちらもマスク装着下に呼吸困難気味になりながら『やりきった感』で満たされた。なのに全体的に曖昧な「よかった」感こそあれ、なぜか具体的な感想を言語化できなかった2月。ライブはツアー通して育つからまた新たな印象を受けたり気づくこともあったりするだろうと思いつつ、ありがたいことに東京まで参加してなお、やはり言葉が見つからない。4月末にふと思い至ったのが、徹頭徹尾「参加」することに精一杯であったからではないか疑惑(笑)

既に大手メディアからファンに至るまで感想も出尽しているでしょうという諦念混じりに、それでもかつてGWに「桜の頃を忘れたか」とおねだりされた(と勝手に思っている)ブログの主に「素敵なものを沢山見せて頂いたからにはお礼を」との思いと謎の義務感だけはあり、好天のGWに部屋に籠り皆さんご活躍の録画を整理しながら感想を書きつくり、ごぶごぶフェスティバル前には仕上げたかったけれど今に至った次第。

 まずは北斗さんのパフォーマンス。北斗學園*1や会見でも語られていましたが、ドームサイズでもしっかり見せようという意志が体現されているような動き。例えば「TOP SECRET」で腕くるりと大きく回すところ、「Alright」でのこれでもかっと言わんばかりの高いハイキック。「Need You」での素早く大きく伸び上がり屈む動作はきっちりと高低めりはりがあって、結構負荷は大きいし動きを小さくしても恐らく問題ないでしょうに、これまでもいつだってそうであったように手を抜かぬ、そして公演を重ねても毎回同じ大きさと質での全力のパフォーマンス。「TOP SECRET」でのフォーメーションチェンジは回る円形のステージで何を目印に動いていらしたのかと感嘆する大変さであったでしょうけれど、見事な大回りの走り込み*2を見ては心中ガッツポーズしていたものでした。「JAPONICA STYLE」での花道移動も、あの踊りにくそうな床材の上で、ただ移動するだけではなく全身を駆使し(”酔いどれジャポニカ”、”やさぐれジャポ”とメモにありました(笑))足は細かいステップを踏み、凄まじい運動量をさらっとこなしているように見せて。何度も踊り尽くしてきた「JAPONICA STYLE」のような曲でも気を緩めずきっちりと、そして鋭さやスピード感が増していたように思えて。「House of Cards」では丁寧に繊細な表現をしていらしたし、ドーム仕様の大きな動きでありながら、キレと表現の細やかさや表情の豊かさも兼ね備えて演じられていて、変わらぬ意思が感じられて嬉しかったです。ああ、いつまでも踊り続けていて欲しい。

もちろん歌の技量も着実に向上、安定して表現の幅も広げてこられたわけですが、今回改めて驚嘆したのは「Something from Nothing」。大音量の主旋律の下で鳴り続く呻くような低音を、北斗さんが身体を折り曲げまさに絞り出していると気づいた時の驚愕。自らを楽器と化したかのような献身に感嘆。そしてこれはセンターステージならではなのか+音響技術のお蔭なのか、他の曲でも北斗さんの低音がいつもよりしっかり届いてきたようで嬉しかったです。

 今回はSixTONESさん待望の360°ステージ。これまでも会場の大小問わぬ空間の使い方の巧みさ、複数のステージとその上下・左右の空間を隈なく効果的に使うことに感心させられてきました。天井からの吊り下げ式の機構を使えないドームでも、今回はセンターステージ上に塔を組んで上空を利用し、放射状の花道とセンターステージだけのセットは移動に要する時間と体力を楽曲パフォーマンスに全振りした印象で、会場の特性を活かすため知恵を絞ったライブ職人的意識の頼もしきこと。一方、ステージが1か所になることでセットの多様性は限られ、演者の動きも中央からの拡散⇔集中と中央での回転に限定される。そのためか1ツアーに何曲かはある、その楽曲の世界を色濃く表現した演出に夢中になって見入ってしまうような時間*3は少なくて、一曲毎に明瞭な感情を喚起されるというより、一連の楽曲群の”雰囲気”を味わう印象。それは客席も巻きこむぶちあげ系の曲の比率がFeel da CITY以降徐々に増えているように思われることや、世界観に没頭するにはパフォーマンスやセットが見えづらいステージであったことも影響しているかもしれない。その点で音楽性重視のライブとしては非常に優れていると思うのだけれど、ジャニーズ的な総合エンターテイメントとしては、いつものSixTONESのライブと比較すれば展開の多彩さや物語性には乏しいきらいはあったかもしれない。それはVVSの特徴であって、優劣ではないのだけれど。

 私は地上でもてっぺんの席でも参加しましたが*4総じて印象としては「どこからも近い」という目標は達成していたと思います。むしろ「どこにいても近くてどこからも遠い」不思議な感覚。アリーナ席やスタンド下段では当然皆さんは距離的に近いのです*58階ビスタ席やバルコニー席のように眼の前に遮るもののない席では全てを眼下に見下ろし、演出もよく見えて、踊りまくれ*6ら、置いてきぼり感はないわけです。

 色々書いてしまいましたが、SixTONESさん乾坤一擲の360°ステージ、収容人数1割増という副次的(でも大事な)利点もあったと伺いますし、やってみたかったことを叶えたことに、常に新奇性を求めたいタイプの私は全肯定です。まだまだ、もっともっと、攻め続けて欲しいのよ。

アンセムRollin'~Outrageous~ABARERO

どこから現れるかのドキドキもありつつ、過去の「Voice」や「Lost City」でメインの大がかりな機構からの荘厳さすら漂わせる登場、「Hysteria」に包まれながらの天空からの降臨、「Amazing!!!!!!」でKEEP OUTを蹴破って登場、マンションのソファに座してセリ出してくる、そんな様々なオープニングの中では最も芝居っ気のないシンプルで人間くさい登場かもしれない。ロックレーン*7宙に昇り歌う姿は「近くに行く」というアイドル的大義よりはロックスター的カリスマ性が感じられ、上空で共に拳突き上げ上の方まで客席を巻きこむことに成功した「アンセム」での最高の幕開け。そこから緊張感を保ったまま「Rollin’~Outrageous~ABARERO」までの爆速の展開の労力に感心し、改めてライブ職人っぷりに舌を巻きました。ここでがっちり人心を掌握したからアンコールに至るまで終始、地上からてっぺんまで全周見渡しても、天井席で周囲を見ても、信じられないくらい手を緩める人がいなかった*8。その”つかみ”は技術もさることながら、SixTONESさんが気を抜くことなく全力でパフォーマンスに打ち込んでいる姿勢の反映だと思います。

 「Rollin'」は初披露時の静かな独白から始まり荒ぶる叫びを経てクールにステージから消えていった緩急の妙も、デビューツアーで晴れやかに派手な機構で登場した時もそれぞれ印象に残っているけれど、最新曲3曲の間に歌われても劣らぬ熱量で客席を鼓舞する力に満ちていて。降下するロックレーンとメンバーの影が水柱にスクリーンの如く映りこんで、なんと劇的だったことか。「Outrageous」と「ABARERO」ではせっかくの渾身のパフォーマンスが、メインステージが暗めな上に柱もあってどの位置からも若干見づらかったことは否めませんが、序盤から十分に騒ぎ、挨拶でさらに盛り上がり、ステージがバンドだけとなっても客席の興奮は続いていたから、そういう意味ではパフォーマンスをじっくり見る楽しみはVVS序盤においては優先順位が低かっただけということになるのかしらと思ったり。

Hysteria~君がいない

ステージ上空から降りてきたSF映画を思わせる光の環。何が始まるのか期待高まる中、現れるソフ*9もたれかかったり、気だるげに脚を投げ出したりするSixTONESさん達、流れる「Hysteria」。従来この曲の私の推しポイントは、青い炎の如く表面は静謐でいて実は温度が高い、奥底の情熱を溢れる寸前の表面張力で留めている抑制の美。そんな曲で事ある毎に客席から情欲滾らせ抑えきれぬという風の「う”ぎゃぁあ”ー」的叫び声があけすけに飛ぶようになるとはちょっと苦笑い(笑) 。もちろんセクシュアルな要素のある曲だし、そこを下品に見せないのがSixTONESのパフォーマンスの好きなところでもあるので、単純に曲に対する自分のイメージとの齟齬というだけかもしれない。後日情報番組で流れたメンバーの絡みの映像に歓喜するポストを多数見たからそれがオタクの需要というもので、これまでの環境では客席からあからさまな声をあげにくかったのか、客層が変わったのか。その需要に応え、眼鏡をかけてモニターに姿を映すだけ、それらしき動作をして見せるだけで会場を沸かせるのもアイドルの重要な仕事ではある。しかし、シンメ萌え、メンバー同士の絡みやエロティシズムで需要を満たすことは鉄板であると同時に麻薬のようなもので、それを”供給”すればうけてしまうお約束に走るのは諸刃の剣ではないかとも思うのです*10SixTONESに限っては「これやっとけばうけるだろう」という安易に走ったわけではないだろうし、ジェシー君が「DRAMA」のパフォーマンスについて「情感込めて演じている」と語られていたようにあくまで楽曲の世界観を表現するために必要な表現という線を遵守して下さるのであろうと...なーんてことライブ会場で考えているの自分だけだよなー、考えるな楽しめーと思いながら(笑)

そして今、「Hysteria -Rock Rearrange-」のCD音源を聴いてみればイントロもオリジナル版の浮遊感ある電子音ではなく決然としたギターのカッティング。徹頭徹尾、演奏が強い。前者が20代前半の男子の熱に浮かされた一夜の叶わぬ夢想であるとしたら、後者は経験も実績も重ねてきた男性がいつでも奪える力を以て略奪愛を成就させんとしているかのような現実的な強さを思わせる。となると強い男性のアピールにうたれ絶叫した女子達の反応が正しかったのかしら(笑) 。では、今や客席にかなりの割合を占める男性達*11どう反応したのであったのか、あるいは女子達の本能剥き出しの呻きに何を思ったのだろうとひとしきり(笑)。

男性の共感を得そうだと思っていた「君がいない」。実は自分の中では「うら寂しいさえない男子の煩悶」的イメージがあったので、照明は濃ピンクで「マスカラ」の系譜的お洒落男子感の演出に、確かにステージでわざわざパッとしない感じは出さないわよねと心の中でひとり納得(笑)。ソファを使う演出が好きなので嬉しかったし*12中央カメラから映し出されるアップの映像は360°ステージならではの面白い演出で、曲の雰囲気にあっていてすごく楽しいし会場も沸いて、こちらは”需要に応えた”好例ですね。6人とも集まって中央カメラを向きがちだったから客席はモニター頼り。しかし柱の真正面の席からは、頼みの綱のセンター上部のモニターも真正面は継ぎ目。その左右のモニターは斜めで映像が歪んで見えてしまう。天井壁面のモニターで補完するにも、福岡では潤沢にあった気がするそれも名古屋では2つのみで同じ外野側にあったから見られる人は限られてしまうの、ちょっと惜しかった感。

Alright、House of Cards

3人組の組分けが、大きく情熱的に踊る華やかダンス組とクールにさりげなく踊る堅実ダンス組だった印象。あの網目の踊りにくそうな床材の花道で細かくステップを踏み踊りつつ移動するという労力のいることをされていながらそれを感じさせず、映像やセットに頼らず何もない花道で、あるいは鈍く輝くデコラティブな形状のマイクスタンドを使うだけで曲の雰囲気が表現されていて素敵。行間に情感を滲ませるような繊細な演出が実はSixTONESさん、お得意ですものね。だから自分は即物的な仕草にちょっとひいてしまうのかもしれない(いや、しつこいですよね(笑))

花道で二手に180°別れる構成は、演じ手のいる花道に対して長軸方向に60°ずつ程度の範囲からであれば正面から3人は見えるが、逆側に3人は全く見えない。花道に直行する領域の席にいれば両方見えるが両者とも遠く、視線をいずれかに振らねばならず、結局どちらかは諦めることになる。なかなか悩ましい選択を迫られるのでありました。ま、それも新しい挑戦にはつきもので、守りに入っていつも同じになるなんてつまらないですものね。少なくとも現地にいられた自分の贅沢な悩みではありました。

希望の唄

これまでのユニット曲は”楽曲を2人組で表現する”ものであったのが、”楽曲自体がユニットの2人の関係性と空気感を表現する”ものであったように思えた今回のユニット曲群。15通り、どの2人の組合わせをとっても其々の物語と今の在り方は素敵だけれど、アルバム毎に「このユニットこそ正解」と思わせられるのはなぜなのでしょうね(笑) 

「希望の唄」はステージで跳ね飛び歌うお二人の爽やかさと熱が素敵でした。ど真ん中に直球放り込んでくるSixTONESさんもよいですよね。せっかくのVVSマフラータオルをぶん回したかったけれど、ごぶごぶフェスで叶ったから、いいか

"Laugh" in the LIFE~フィギュア~PARTY PEOPLES.I.X

どんなに尖ったライブでも、やはり定番トロッコのお時間も嬉しいもの。SixTONESさんは所謂ファンサタイム、お手振り曲でも楽曲をおざなりにせずきちんと歌って下さる(いや、ふざけ倒して歌どうしたっ?て時はあるけど)から離れたところにいても勝手に盛り上がれる、その信頼感。お馴染みの4曲という鉄板の布陣、こちらも跳び、踊り、Clapし、楽しませて頂きました。因みに大阪初日に8階ビスタ席にいた夫、地上のトロッコから懸命に上の方を見てくれている北斗さんにいたく感心したそうです。ちゃんと届いてますよ、北斗さんの気持ち。

DRAMA

みんな大好き「DRAMA」もパフォーマンスを楽しみにしていた曲でした。ダンス、特に北斗さんの荒ぶる動きが好きで、モニターには下半身アップより引きでダンスの全体像を映してくれよと思っていた私は少数派だったかな(笑)。モニターに抜く範囲は演者あるいはスタッフさんの一存なのか、両者の打ち合わせであるのかは分かりませんが。

一番お気に入りだったのが”笑い過ぎる”北斗さん(歌割上は「HAHA」や「Uh」はジェシー君ですよね?あれは元の歌詞にはない笑いであったのか、詞を見ながら記憶と相談しています)。不敵で挙動不審な松村北斗が好きな私は毎度心待ちにしていたパート。映像が手元に届く日がくるなら、あのアップは収められているとよいなぁ。

JAPONICA STYLE~

以前も書いたように私がSixTONESのパフォーマンスやライブを愛してやまないのは、音楽性やダンスの技巧や動きの美しさはもちろんのこと、物語や世界観の表現に秀でているからなのです。数多のダンスグループがそうであるような「踊る事が目的」なのではなく、「踊る事は楽曲表現の手段」という感じ。そしてライブでは空間の使い方の秀逸さと客席を引き込む手腕。全体的には物語性や世界観的要素が薄めのように感じられたVVSですが、その中で壮大で鮮烈な世界観の醍醐味を味わえたのが「JAPONICA STYLE」でした。さすがライブ巧者のSixTONESさんが前半最後の盛り上りにもってきただけある。アリーナから見上げても、8階や5階から見下ろしても、桜吹雪と水しぶきとが空気を霞ませるまでに全天・宙を埋め尽くし散乱している圧倒的な世界観は360°ステージならではの劇的体験でした。この曲でもセンターから花道に出ると客席からはほぼお1人しか視野には収められないわけですが、却ってその人に集中して見る事ができて「JAPONICA STYLE」の世界に没入できるというだけで十分であったように思えました。

MC、Call me、日替わり曲、スーパーボーイ

そんな夢かと見まがう圧巻の光景から、これもSixTONESさんのやり口、すこんと世界は変わってまあ緩めのMCに入り。粋な新曲発表、懐かしきメンバー不在MCの再演、思わぬ散財に涙目の北斗さん(あれはプロレスではなくガチだったのかしら)、髙地君の誕生祝い、CM用音声の録音、ハマダ歌謡祭公開収録…ただ喋っているだけでも面白いのに様々な趣向をありがとう。あなた達が6人で楽しそうな様を見る事が嬉しいファンが多いのだから存分に真ん中向いて6人で顔見合わせながら喋っていてくれてよいのですよ。それにしてもその場のノリで「歌っちゃおっか」の流れになった時、慌ててスタンバイして下さろうとするバンドの方達、本当にありがたい。

MC終わりに樹君が「この後いっぱい暴れてもらうから今は座っていて」とおっしゃいましたが、この後また運動量が増えるのでチルタイムはMC後でなくてもよいのに(お互いのためにね)とは思いましたが、緩くも濃厚なMCの後に「Call Me」は一服の清涼剤でありました。日替りの「僕が僕じゃないみたいだ」はストリングスが、「Imitation Rain」はピアノが誠に美しくて、「マスカラ」はさらに成熟した感があり。生バンドのよさを実感しました。

その流れではまあ確かにそうなるね、それしかないね、と思わせられてしまったのが「スーパーボーイ」。THE VIBESでも一推しの曲、かつ人を食ったMVが大好きなのでどんなパフォーマンスになるのか楽しみにしていたら、ステージに腰かけ脚ぶらぶらさせながら語らい、ただぐるぐる歩くという(笑)。エンドステージ型であったなら土手、河川敷、教室、ファミレス…そんなセットも採用されたかもしれない…?いや、多分例えば旧Sexy Zoneはそこを具象化する人達で、SixTONESはしないかな。想像膨らませる余白感、ただの砂場を秘密基地にできちゃう感じ。ナニモノでもなかった頃の小さい箱でのパフォーマンスも思い起こされるそれをドームでもやってしまう潔さ。でもそれを納得させてしまうのが、流石。でも、天井に飛んでいくレーザーのスーパーボーイはドームならではでしたよね。

Need you~TOP SECRET~WHY NOT 

近未来感ある白い照明に照らされた円形のステージならではの演出がスタイリッシュな「Need you」。よくぞこの曲を掘り返してくださった。明滅する様にストロボ写真を思い起こしたりして。「TOPSECRET」は回る360°ステージ上で目まぐるしくフォーメーションチェンジしながら"じたばた走り回っている”感じ、よろめくような動きまじりのダンスがまさにこの曲の”OMG感”にあっているようで面白かった。そして都会的で煌びやかな「WHY NOT」。どの曲も演出は楽しめましたが、願わくばダンスもしっかり観たかった。双眼鏡を駆使すれば多少見やすいとはいえレーザーや照明の演出の全体像が掴めない。特に「WHY NOT」はせっかく遮る物のない花道に出てきて踊っておられるのに闇に沈んでしまって演じ手が見えなかった。レーザーの演出を優先すれば見づらさこみでの狙い通りなのでしょうね。思えばこれまでも、直下からの照明とスモーク焚きすぎで見えづらかった「WATER DANCE」のソロダンスパート、照明を落とし過ぎて見えづらい曲のあったCHANGE THE ERA、照明が明る過ぎてメインステージが白飛びしてスタンドからパフォーマンスが見えない曲があったTrack ONE -IMPACT-、そしてコロナ禍にようやく再開した現場なのに丸1曲シルエットだったon eSTの「MAD LOVE」という姿隠す系演出の系譜はあったのでした。確信犯か(笑) でも、私はあなた達の動きも見たいのですよね、と一応書いてみる。

Blue Days

ピンクと緑の分裂補色の鮮やかさ・元気さ、そして白と青のクールなエモさに続いては、赤と黄の暖色ペア。ドームを埋め尽くし波立つ黄と赤の灯の和やかさ、温かさ。ソファはわかるけれどロッキングチェアは何故?と思ったけれど、そんな暖炉の前的な温もり感の表現なのかしら。ランタンフェスティバルを思わせるメインステージの照明の宙を彩る橙色も何とも美しい。最後髙地君が差し出したマイクでジェシー君が歌いあげた後の一瞬の無音に毎度フライング拍手が出たのは思い入れこみの前のめりさに免じて許して(笑) 。

レーザー

「Blue Days」の温かな空気の余韻が会場を包む中、滲むような橙の灯りから場内が暗転すると鮮烈に宙を裂くレーザーが縦横に走り始め一気に雰囲気が変わる。ドームならではの広い天球に星座の如く散りばめられた光、飛び交う流れ星は壮大で、ビスタ席や5階席から見るそれと地上から見るのと高さや角度によっても印象が異なる。主役不在の時間を補うどころかそれだけで独立した作品として見たい位の美しさに口を開けてみとれながら改めて、構成の切り替えのメリハリとシームレスさを両立させ、不在時間は最小限。ライブ中に”とりあえず”の時間帯を一切作らないSixTONESさんのライブ作りに対する真摯さをしみじみ実感したものでした。ただ、MCを最小限の自己紹介のみにして目いっぱい曲を披露したごぶごぶフェスの後にして思えば、それはとにかく自分達の楽曲を披露することへの貪欲さと楽曲への愛、自己実現欲の表れでもあったのかと。

DON-DON-DON~RAM-PAM-PAM~Bang Bang Bangin'

さて、前ツアーのJEEPに続く第2弾はにぎにぎしく飾られたデコトラ!「千客万来」「商売繁盛」のキッチュなお洒落さ。箱乗りするSixTONESさん含めてなんというラスボス感!!!!!! 

通常トロッコやフロートが会場を周回するのは「なるべく近くへ」「交流」「サービス」とのアイドルの大義が主旨と理解していますが、デコトラの上で自分達が盛り上がりきっちゃっているSixTONESさんに、地上からてっぺんまで遍くお祭り状態の客席。「呼応」はしていても「交流」しているわけではない*13。「誰一人置いていかない」というより「ハーメルンの笛吹き男」的な扇動・誘惑。デコトラを降りてステージに歩を進めるとさらにドームはぶち上がり、まさに「踊る阿呆に 見る阿呆 同じアホなら踊らにゃ損、損」的な不思議な時間帯(笑) 鉄骨の柱から横に噴き出す花火*14と爆発音がとにかく大好きで、へらへらと笑い、マスク下で呼吸困難になりながら、掲げる腕をこれ以上はないと思うまで振り、跳び、とにかく楽しかった時間。ああ幸せ。

ところでJEEPは「近くに行くよ」の意思も表しつつ、煙吐き障害物を乗り越えて自走する愛すべき武骨さがSixTONESの在り方を体現したかのようにも思えたものでした。ところが今回のデコトラは自ら運転するのでなかったなら*15駆動装置のないフロートでもよくないだろうか?とひとしきり(笑) 360°ステージであるが故に生まれた外野の奥のスタンド席。崖のような切り立つフェンスで直下の視界を遮られる外野スタンドからはトラックといえど自動車の車高では近くに来て下さっても見えないのです。当然、トロッコも直下に近づいてきて下さった時には見えない。エンドステージ型だと外野スタンドは見切れ席ではあってもメインステージは近く、舞台袖に来て下さったりフロートが出入りする時には近さが嬉しいのですが。360°ステージという新たな試みに敬意を表しつつ、よりよいものになって欲しいので、プロには想定内の事象と思いつつも老婆心からの客席からのご報告まで。今後また外野スタンド奥が客席になる構成を選択される場合は、少しでも高さをかせげそうなフロートを選んで下さると嬉しいかも。あ、慎太郎君操縦のクレーンで吊るされながら周回して下さってもよいのでは(重機大好き。でもバランスとれなくて危ないですね)

Something from Nothing~Telephone~BE CRAZY~Seize The Day~こっから

今回に限らずSixTONESさんは後半にわざわざ苦行を自らに課す修行僧かという時間帯があって(笑) 「Something from Nothing」でデスヴォイスを絞り出し続けたその後に「Telephone」を踊り、「BE CRAZY」での渾身のヘドバンからの「 Seize The Day」を歌いあげ、「こっから」でぶち上がるとは、その多様さと体力と、喉の酷使とコントロールの難しそうなこと。

東京初日に一緒に入ったジャの道の師匠が「モニター故障してた時があったよね?」と後で聞いてきた「Something from Nothing」。モニターが点く後半も映る演者の姿に文字を被せていたから、恐らく敢えて消して楽曲に集中して欲しい、聴かせたい、という演出意図だと思うのよ、と返事しておきましたが、正解だとしたらモニターに何も映さないという選択の勇気たるや。前述の「Hysteria」とは真逆のそれ。だからこそ、時折走る稲妻の如き光に闇の中から照らし出される姿から伺い知れた、あのデスヴォイスを終始奏でる粉骨砕身の献身に気付いた瞬間は、それこそ雷に撃たれたかのような驚きでした(いや、CDで気付けって話もありますが)

このツアーで最高の、異様なまでの盛り上りだったのが名古屋の2日目(私の体感)で*16極めつけは「Telephone」だったと思うのです。5階の高みから眺めた会場の狂乱の壮観。「Bang Bang Bangin'」の興奮冷めぬままに「Something from Nothing」でさらに盛り上がった月曜夜の客は「万難排してとにかく参加する勢」か「漸く平日でチケットがとれた勢」か。続く客席の異常なハイテンションに反応してさらにボルテージを上げるSixTONES、さらにぶちあがる客席、という幸せな相互作用。負けじとやけくそに近い勢いで踊っていたように見えた「Telephone」はライブの「場の魔法」にかけられ「空気」が最高の味付けをした忘れられない名演だったと思いす。

 特にドーム公演となった昨年から顕著になったように思うのがSixTONESのライブに初参加の方や取材陣による客席の盛り上り方、参加度合いへの称讃。恐らくそれはノンバーバルに醸成される「盛り上げどころ/盛り上がりどころ」の共通理解(これはジャニーズ全般にある)が、"team”を自負するオタク達に自律的に遂行され、周囲に伝播している結果と思われる。今回はSixTONESのライブに慣れていない方達も多くおられたようであったのに、会場のてっぺんにいて周囲を見回しても、上から下まで隈なく、どこを見てもペンライトがもれなく動いていて、その美しい景色がしみじみと嬉しく、SixTONESの勝ちだね、と思った次第。慣声の法則 in DOMEの後、偉そうに『バンドワゴン効果での参入層と、とりあえず見てみたいと受身で楽しませてくれることに期待するだけの”お客様”が一定の割合を占めるようになった時に会場の一体感を保てるか、疎外感ないライブを成立し得るかが勝負だ』等と書いてしまい、現時点では杞憂であったとちょっと恥ずかしくなったりして。

 「JAPONICA STYLE」と並び、360°ステージの威力にひれ伏したのが「Seize The Day」。外連味のないどストレートな内容の曲にして、ロックレーンからセンターに参集し歌い上げるだけのシンプルな構成。なのに後半一気に高まる旋律と歌詞の力に鼓舞され、終盤歌いながら6つの道から歩み寄り円陣を作るメンバーの見合わせる表情にこのライブ最高の高揚感を惹起され、毎回涙が出てきたものです。まさに”I seized those days. You made my life extraordinary.” この曲はペンライトをふり回すのも、踊るのもちょっとそぐわず、身体を揺らす程度で聴きいっていたから歌のメッセージがしっかり伝わってきたのかもしれない。アルバム中、最も好きな曲の一つであったから演出やパフォーマンスへの期待も大きかったけれど「Something from Nothing」で映像が出なかったのと同じく、シンプルな構成のお陰で聴く方も楽曲と歌唱とに集中できたことがよかったのだと思います。オーラスの日の会見で「今回はあまり機構を使わず生身の人間のパフォーマンス、存在感で見せよう」と語られていた意図が如実に表れ、効果的だったのがこの2曲であったように思います。

 そして、とうとうライブで聴けた、大好きどころでは言葉の足りない「こっから」。円陣で向き合った時の6人の筆舌には尽くせぬ表情にはこちらの入り込む余地がないことは明らかなのだけれ*17あなた達とこの曲とを愛しているから、こちらも存分に盛り上がるよ的な、共に作り上げた感。大団円に向けて怒涛のぶち上がりを見せ「こっから」で最高の祝祭空間を共有し、その只中に消えていく構成、本当にお見事。素敵、素敵。

アンコール

あの大阪城ホールのJr.祭りのアンコール飛ばしの経験があるから今だにどんな会場でも真っ先にアンコールの声をあげる私。お疲れのところ早々にアンコールしてすみません。ど定番の「Good Luck」「この星のHIKARI」で気持ち良く踊り歌い、和やかにさようならするのかと思いきや「WHIP THAT」とは!最後に”共に”跳び打ち上げた素晴しいアンコールをありがとう。北斗さんのオーラスでの「俺らが帰らないと次に会う日がやってこない」は至言。「また会いましょう」 ね

グッズ

今回のグッズはこれまでと何となく異なる作風。作成会議の頃には参加は決まっていたのでしょうか。ごぶごぶフェス出演の報にマフラータオルとリストバンド、シックなグッズが多い中でビビッドな緑黒配色であった理由はすぐにわかってにやりとしたものの、ごぶごぶフェスの荷造りをしていて突然腑に落ちたジップバッグの意味!(遅っ…)ツアー中にも遠征の小物や着替え入れ、化粧品の小分け、ご一緒する方達へのご挨拶用のきき湯小袋と双眼鏡クリーナーを包み、と便利に使わせて頂きはしていたものの、そうか野外フェスには必須ですものね。細やかな心遣いに今さら気付いて改めて嬉しくなったり。Tシャツはごぶごぶフェス公式さんのを記念に求めて着て行ったけれど、会場のあちこちで見る緑と黒のタオル、振る腕のリストバンドはちょっと誇らしかった。ヘッドフォン型ペンライトは首にかけて踊れば後ろに落ちそうになるし、振るには飛んでいきそうで怖いし(勢いを考えろって話)、嵩張るし、電池もち今一つだし満員電車でカバンの中で勝手に点灯するし、言いたいことは色々あれど、すっかり愛着(笑) 視認性は抜群だから、これからも複数グループご出演の御社イベント等で愛用させて頂くでしょう。初のご本人達画像がプリントされた(靴*18じゃなくて)Tシャツは素材(乾きやすい)もサイズ感(慣声の法則のTシャツはデザインは大好きなのだけれど、身幅が大き過ぎて踊ると肘が身頃に潜ってしまうのです。それでも愛用していますけれどね)も素敵。そして相変わらず顔だししない作風(笑) やんごとなき人かぃ。とにかく、いつも愛と含みのあるグッズ、感謝、感謝。

 

 思えばデビューツアーからコロナ禍に見舞われたSixTONESさん、何事もなくツアーを完走できるのは当り前ではないと身に染みた数年間。表に出ないお仕事もありましょうから、マネージャーさん達のご苦労はいかばかりか。ましてや追加公演まで検討して(駄々こねて)下さっていたとは。各”ソニーさん”達、ライブ現場関係者各位、バンドメンバーの方々、過密スケジュールの中で健康と美を保って下さったメンバー、皆様ありがとうございました。

オーラス後の取材にあった制作過程の話。ライブ職人的感覚をそれぞれが持った6人の合議の成果が披露されるという平和で合理的な形式は好きだし、Jr.時代からSixTONESのライブ構成の工夫と新奇性を具現化して下さるスタッフさんへの信頼感は絶大だったから、会社の体制や環境が変わっても変わらず「お前ら」と言える関係性でいて下さっているのも本当にありがたい。阿吽の呼吸が馴れ合いではなく、慎重なあなた達が安心して冒険できる支えとなっていて、媚びず、守りに入らず、の志を貫き続けてくださるよう願っています。

はい、疑いなく言いましょう。次なるめっちゃ強いやつ!!  一緒に超無敵になるやつ!! 作ろうぜ*19待ってます。いつでも、どんな北斗さんも応援しているのと同じ位の確信をもって。  かしこ   

*1:2024年4月23日のとうこう

*2:2018年のSummer Paradiseの「Born in the Eearth」~「Power of the Paradise」で縦列最後尾から長い横移動を慌て気味に移動してみえたのが微笑ましかったのですが、今やダイナミックな大回り走り込み。毎度「間に合った〜」と拍手

*3:私見ですが、CHANGE THE ERAなら「Hysteria」「YOU」「T∀BOO」「Body Talk」、Rough ”XXXXXX"では「Time」~「Night Train」、TrackONEーIMPACTーだと「Sun Burns Down」、on eSTの「Mad Love」「Coffee & Cream」、Feel da CITYでは「Lost City」、慣声の方則での「Risky」「VOICE」「人人人」「Cat Call」等

*4:本当にありがたいことに、そして恐縮ながら

*5:ドームではもう叶わないことと思っていたけれど、内野席スタンド下段にいた日は確かに北斗さんがトロッコから見つけてくれたし(と勝手に思い込みました)、アリーナにいた日はうっすらと北斗さんの花道からの”視野に入っていた”と思えました(はい、徐々に望みは低くなっていきます(笑))。承認欲求を満たすためにライブに参加しているわけではないけれど、やはり嬉しいものです。他のアーティストさんには抱かないこの気持ちは大事にしようと思っとります

*6:人生初の着席ブロックですら上半身だけでもと動いていたので、バルコニー席の柔らかい革シートで体幹鍛えられた感じ(笑)

*7:ロックレーンの名称、オーラスの会見でではなくツアー初期に明かして頂いたら話題にしやすいのに。男子の秘密兵器自慢的

*8:どんな人気グループのライブでも自担が出ていないと座ってスマホ見たりお喋りしていたりする人はいるのですよ。その人の自由とは思いながらやはり悲しいというか、残念に思ってしまう

*9:常にセンターステージを見ているからからスタッフさんの搬入が見えてしまうのも、それはそれで楽しい

*10:どんなに良い曲を歌い、攻めた演出をしても、シンメの背中合わせやメンバーのお尻触った時の方が会場が沸くグループに、ファンを育て損なったと思ったことがあり。それはアイドルの一面で否定はしないけれど、少なくともSixTONESが求める世界ではないと思うので

*11:ジェシー君が”点呼”とるまでもなく、例えば東京のアリーナAでは各列1人以上男性がいたから約5%程度?

*12:ジェシー君のソファの背もたれに仁王立ちする体幹力と脚の長さ!見やすくてよかったなあ、あの高さ

*13:あの時間帯もファンサうちわを掲げている方達はいらっしゃるのだろうか。いるなら執念に感心してしまう

*14:ロンドン留学中、新年を迎えたビッグベンから四方八方に横に噴き出す花火を見てイギリス人のアナーキーさ(だって国会議事堂ですよ)に楽しくなっちゃったのを思い出しました。メインステージの柱も花火を噴射するために太くなってしまったのなら止むを得ん、許そう(笑) などと思ったりするくらい

*15:髙地君も運転席でなく上に乗りたい気持ちもわかるからなあ

*16:名古屋に何か特殊な事情があるとは思わないのですが、今年のKingGnuさんの名古屋日曜に参加した時も、常田さんも思わず額から流血する笑ほどの盛り上がりっぷりでした。何故なのかしら

*17:アイドル=偶像として崇め奉るような一方向性ではない「私達が入り込む余地」があるのではないかという思いを抱けることもSixTONESの独自性ではないかと思っている。それは一面真実のようでいて錯覚でもあると思うのだけれど、そこの距離感と線引きがお上手

*18:on eSTのロンTね

*19:北斗學園2024年4月25日のとうこう

067_2024年01月30日_THE VIBES

拝啓

 日毎に寒さ厳しき大寒の候、風邪など召されていませんか。いかにもあなた達らしい生配信で明けた2024年。楽しい年越しをありがとうございました。その最後に投じられた北斗さんの「1月のSixTONESは楽しいぞ」*1の言葉通り、おかげさまで楽しい1月を過しております。

今年はお正月ではないとはいえ、フラゲ日の朝7時に届けて下さる配送業者さんに感謝しつつコンビニで3種受取り仕事前に早速わくわく『スーパーボーイ』と『君がいない』を聴きました。『人人人』に始まり『こっから』で確立した、アドリブ交えた自由なパフォーマンス。自由さを担保するには必須の歌唱力、表現力が素人でもわかる程全員もれなく底上げされている。恐らく楽曲選択におけるスタッフさんやエラい人との意思疎通も良好なことも窺われる。そのためか総じてこれまでの「気合入ってます」感から、実績を積み重ね実力を蓄えてきている人達らしい肩の力の抜け方、自分達がまず徹底的に楽しむことが是といった空気感になっているようで嬉しい。ツアー前にアルバムを聴き込める初の機会の今回は、他の方の感想の影響をうける前*2に”自分の耳で聴き、目で見た2週間目*3”の感想をば。

アートワークなど

活き活きした破調、自由、混沌の調和、は他の追随を許さないSixTONESならではの持ち味だと思っているので、今回満を持してメンバー個々の豊かな表情をフィーチャーし、個性溢れる装いのジャケット登場が嬉しかったこと!『THE VIBES』ですものね!最近のジャケットでは『ABARERO』も『こっから』も甲乙つけ難いけれど、何でも着こなし、個性的な風体に統一感がでるというグループの特質を最も生かしているという点ではこのアルバムの装丁が一番好きかな。もちろんクール、スタイリッシュもSixTONES”らしさ”で、前3作のアルバムでは敢えてメンバーの個性を顕にせず、衣装もモノクロで統一した、評価はまず楽曲と歌でしてくれ、といわんばかりのジャケットであったような。『1ST』では前のめりに「あれもこれもできますぜ」的楽曲群満載なのにストイックなタイトルが最も目立つモノクロ背景+顔がほぼ見えない写真。これはこれで大好きですがアイドルのデビュー盤にしちゃあ渋すぎやしませんか(笑)。『CITY』ではジャケットの彩こそ豊かだったけれど唯一こちらに顔を見せている通常盤ですら表情は抑制されていた。楽曲や『Feel da CITY』ライブ(特にOP)は大好きだったし、街コンセプトのグッズ類は香港辺りの混沌と洗練の混じる雰囲気が素敵だけれど、アルバムジャケットだけはきれいにまとまり過ぎているようで面白みは感じなかった。誠にスタイリッシュで大好きな『声』のジャケットもようやく視線がこちら向きとなれどやはり表情はクールに抑え目。『Voice』でアルバムとしての骨太な意思表明がされたからビジュアルでは強く主張しなかったのかと。今回はジャケットに『THE VIBES』の”取説”あるいは”意図”がデザインとして配されているのがお洒落。”THE VIBES”つまり抽象的な空気感や雰囲気=ノリを主題とするアルバムにおいて内容でくどく説明するのも野暮だし、この提示法は流石。そして同じくライブの最後にスピーチをほぼしないSixTONESさんの姿勢、私大好きなのですよね。伝えたいことは、言葉じゃなくて在り方、行動、楽曲の文脈で受取ってくれ、あるいは照れ屋なだけなのかもしれないけれど(笑)

通常盤(初回仕様)はスリーブ裏にも柄があって素敵!いつも細部までありがとう。シングル、アルバム問わずこれはあったりなかったりまちまちですが、全体の装丁のディレクションする方の好みなのでしょうか。フォトブックは表情の不敵さも衣装も素敵!!より洗練されているし面構えもずっと大人だけれど『Track ONE-IMPACT-』のパンフレットに近い印象。ああ、あれも大好きでした。そしてブックレットはこれまでで最も歌詞が読みやすい!黒地にSans Serif+Boldの白フォントの視認しやすいこと。ありがたい。今時、歌詞サイトで読めるわけですが、製作者がどのくらい歌詞を”デザイン”としてではなく”伝えたい内容”として発信されているのか、という気持ちの問題なのです(笑)

初回盤はパッケージの曲名も、白地にオレンジで見やすくて嬉しい。中のジャケットも紙で、手触りの温かさもvibesをあげますよね。インスタライブでそこに触れて下さり我が意を得たり。開くと恭しく現れるフォトブックの雰囲気もまた素敵。

特典映像は他のジャニーズの円盤のそれに比べると意図的にか人柄かソニーさんの社風なのか、手はこんでない(笑)。私はその気合い入ってなさ度合いが好きなのですが(ファンもファンで視聴期限ギリ組散見。勿論忙しい中に一生懸命製作されていると承知はしていますが)徐々に何となくこなれた感じになりながらも「おかしな人達感」が増していて(笑) ただの振動トレーニング機器なのに患者さんに運動指導する時にあの「淡々とした狼狽ぶり」を思い出しては笑ってしまうのですよ。あーあなた達、世界一面白い

楽曲

音楽誌のレビューだけでなく、インスタライブやYouTubeのコメント欄、ファンの方々のSNS等、即時性とセンスあるコメントが豊富な中、音楽の知識や素養がない自分の感想を綴るのは勇気のいることではありますが「私の好き」を考えることは生き甲斐のようなもので、僭越ながら今回は【好きな歌詞】【妄想用途】の2点付で書いてみました。

こっから

とにかく2023年後半はこの曲につきましたよね。と書いた途端の年始のTHE FIRST TAKE。まだ掘れるのか、と驚嘆しつつ、地上波披露時の情熱滾らすver.ではなくDJとのクールな煽り合いの洒脱ver.を堪能いたしました。数々のパフォーマンスについて語りだしたら止まらないけれど、いよいよライブで共に盛り上がれる日が来るとは!!Sexy ZoneTravis Japanなど他のグループのライブでも、『Act One』をスーパーヴァイズした光一君がJr.から聞き取り調査した内容*4からも、最近のライブで演者が目指す方向性は「客席踊らせ会場揺らす」のように思えます。その点、個々のメンバーが自由に動いた時の爆発力やアドリブの圧倒的上手さ、吸引力においてはSixTONESは群を抜いていると思います。同じ記事で光一君が「曲を育てる、曲が育つ」ということを書いていらして膝を打つ思いで拝読しましたが、『こっから』がライブで育つ過程を目撃し体感する楽しさ、共に育てる喜び。想像するだけで2月が待ちきれない思いです。

【好きな歌詞】  「しかし悔しさで黒く燃える腹ん中」。世間で言われる「上品」「繊細」「儚い」側面も北斗さんだと思いつつ、私が好きな松村北斗はどろどろした葛藤を内面に留めつつ、そこに素朴と純粋と無邪気と律儀と賢さが上屋として乗っかる複雑な人間性なのです。佐伯さん、よくぞこの歌詞を北斗さんにあてて下さったと何万回も頷いてしまう。

【妄想用途】『だが情熱はある』の主題歌としてあまりに秀逸だけれど、強いてそれ以外でというなら真夏、ぎらっぎらの太陽の下のフェスの屋外ステージで聴いてみたいかな*5

Alright

SixTONESさんには珍しい所謂CITY POP的曲調。80年代音楽に浸かった世代には、初っ端の「黄昏色」の語感と音階だけでもうザッツシティーポップと思ってしまう(笑)。「ビルライト」「潮風」なんて単語が続けば達郎さんが楽曲提供して下さる未来を想像したりして。「成功も失敗もAlright」の辺りは嘗て西海岸の腕利きミュージシャンを動員してレコーディングした頃のSMAPが歌っていそうな風味。その辺りが恐らく大我君のセルフライナーノーツにある「高飛車、気怠さ」感でしょうか。でも、その一節の6人重なった声の厚みと力強さのお陰か、歌詞にも表れる今の若者の「地に足着いた感」が勝って、CITY POP的軟派さや、当時のSMAPのバブリーな軽さは感じられない。それは声の強さや歌唱技術もさることながら、SixTONESのもつ素晴らしい特質である「込められた思いや意味を歌に載せて表現する」能力の高さによるのだと思います。単に「歌詞を正確に音階にのせて発声する」だけでなく「楽曲の世界を演じる」かのように表現する力は歌手専業の方達をしのぐものがある(少なくとも私に伝わってくる度合いとしては確実に)と、どの曲でも聴く度に感じます。
曲の面白さとしては、”過ぎた日々の”の前の一拍空白とそこからの音の下がり方が好き。歌うのは難しそうですね。

【好きな歌詞】「One way潔く行け」「One way 素敵じゃないか」

【妄想用途】お仕事ドラマの”月9”挿入歌。一山越えて安堵、次回へ続くのくだりで流れる(最初日曜劇場と思ったけれど、そこまで重厚じゃないかな)。または歴代Suchmos、SIRUP、King Gnu、Friday Night Plans、藤井風(敬称略)が担当してきた某ホンダSUV車のCMソング。あれ、出世枠ですよねー。

アンセム

発売前に明かされていた部分だけでも”がたがたご〜”が脳内ヘビロテになったキャッチーさ。とはいえ大衆に迎合したウケ狙い曲ではなく、硬派。『こっから』が気迫と情熱溢れる感じなら、こちらは拳振り上げても表情には厳つさはない「肩の力は抜けている」感。間違いも場違いも勘違いも引き連れて疾走すれど眦決してという程でもなく、「俺等がゲームチェンジャー」という不敵さもみえる。プレミア公開で「おーおーおーおおー」の響きを聴いた瞬間に想起した、拳突き上げてスタジアムで大合唱する光景をYouTubeコメント欄に書いたものの、同意して下さる方は1名しかおられず*6(笑)私の意見なんてそんなもんよ、と寂しく思っておりましたが(同じく『スーパーボーイ』スチャダラパーさん風味説も)Talking Rock!誌さんが私と同じ意見ではないですか。ふふふ。いつか日産スタジアム、長居、いやWembley Stadiumで9万人で拳突き上げようぜ!

MVのジェシー君の走り方とダンスのトリッキーさが好き*7。MVでも主役感がありますが、この曲はジェシー君の自在な声色と迫力ある煽りが本当に生きる。ジェシー君ならではの"screeeam!”の一声に、一斉に6人が突撃するかのようなパフォーマンスにぞくぞくするし*8、こちらも大声あげて騒ぎたい!そう、ジェシー君を見るたびに、私の夢が人の形をしていると思うのです。頭の回転の早さ、語彙のセンス、まさにgiftと称したいその声、歌やダンスの独自の輝き、容姿、人柄…よくぞ神様、私の生きているこの時代にジェシー君を地上にアイドル・アーティストとして遣わして下さった、ジェシー君のお父様、英語で育てて下さってありがとう、と*9

【好きな歌詞】「不条理な運命すらねじ曲げてく 理想と現実の距離を1歩ずつ埋めるノンフィクション」“ねじ曲げる”強引さと”1歩ずつ”という手堅さが同居するのがSixTONES(笑)

【妄想用途】SixTONESドキュメンタリー映画(『Bohemian Rhapsody』みたいな)のライブシーンでステージから野外の広ーーい客席の見晴らしの映像で使って欲しい

ABARERO

改めて聴くとドームに至るあの時の勢いはまさにこの曲に凝縮されているなあと。このドスドスバスドラの祭り囃子に後押しされた公演でしたね。馬鹿の一つ覚え的に「攻めていて欲しい」と願ってきたけれど、それは別にこういうガツガツした曲ばかりではなく『Hysteria』なんて静かながら最高に「攻めた」曲だと思います。でも、文字通り「攻めた」この曲はあの時、必要だったのでしょうね。

【好きな歌詞】「Hatersは構わない」SixTONESの楽曲ではお馴染み"Haters"。”星のみえない夜”と並ぶ頻出ぶり。この間は”Haters, come on”って煽っていたけれど、今回はスルーなのですね(笑)

【妄想用途】『AKIRA』みたいなSFアクションアニメの劇中歌(単に赤基調だから連想しただけかも..)

Something from Nothing

おお〜ハードロック!デスヴォイスまで使うのかと感心すると同時に咽喉が心配*10なので、本当にドームツアーの1日1公演でよかったと思っています。老婆心です(笑) 何者でもなかった頃に口にすることで自信を得たかったのだろうなという『Amazing!!!!!!』から、『In the Storm』で荒波にもまれ、先が仄かに見えてきた『Rollin'』期を経て、1年目の青き『ST』、そして今、自信と実力をつけてきた人達の『Something from Nothing』。何一つ譲るもんなんて無えよ的な。

【好きな歌詞】「Now look at us! SixTONES」言葉数多く「魅せるからほらこっちへ来いよ Checkしとけ俺の全て」と歌った若き日に比べ、今や御託並べず一言ただ「見ろ」と(笑)

「この感性、知性、総動員のTry」一見ぶっきらぼうそうな歌でありつつSixTONESが感性、知性で闘っている人達だと知らしめているのがGood Job

【妄想用途】社会派ドラマ(池井戸潤さん原作みたいな)、あるいは「スポーツ頂上決戦」のテーマ曲

Only holy

定期的に歌詞に”永遠”を織り込んでくる*11SixTONESさんの、温かい、温かい曲。イントロは何となく藤井風君が歌い出しそう(笑)*12。たとえば『Lifetime』のような大きさや拡がりをもった愛ではなく、真冬の寒さから守られたリビングルーム1部屋分の、手の届く目の前の人との小さな幸せ。身近な大切な人への愛、ドラムのリズムの刻み方などが『love u…』と通底するように思えて聴き比べてみたり。『love u…』は恋愛真っ只中の脳も蕩けそうな熱さと高揚感なら、少しテンポも遅く、ドラムの音も低めのこちらは既に家族のような愛。永続は夢ではなく現実。こんな100%幸せに満ちた曲世界、実はSixTONESさんにもあってよいですよね。同じ旋律を違う人が歌うことで歌詞の味わいが異なる妙。オムニバスドラマを観ているかのような。歌唱力の高さ、という冠が当り前になってきているけれど、音程や声量だけではなく、世界観や曲の気分、背景を”物語る”力が6人各々に高いのですよ、さらにパフォーマンスが加わるとそれが数倍増するのですよ、と誰彼なくつかまえて主張したい。

【好きな歌詞】「幾千もの 星の下で ふたり重ねた奇跡を 心に灯して歩いていこうよ」自分がなくなりそうな思いで独り星空を見つめていた北斗少年。志を抱きつつ「星の見えない夜」に支えあったメンバー達。それが降るような星の下で心温まる思い出を共有できる”君”と共に居られるようになった幸せを思って一人勝手に感動している私(笑)

【妄想用途】ビリーワイルダー作品的なロマンティックコメディー短編映画(どたばたの末のハッピーエンド)のエンディングテーマ 

DON-DON-DON

そんな小さな幸せを叙情的に歌い上げた後にこの曲(笑) 「I’M THE DON」ってラスボスの意味のDONですか?Mr. ZUDONが現れるのではないですよね?まさに「Go crazy」なパフォーマンスのハイカロリーさが今から思い浮かぶ曲。「KEEP IT BUMPIN’」のちょっとオリエンタな旋律が好き。「BACK IT UP」の慎太郎君のシラブルのリズムのよさや「BE WHAT YOU WANNNA YOU WANNA,WHAT YOU WANNA BE」「重低音~ 無礼講~」の髙地君の歯切れのよさ。重低音がどすどすしている中の歌唱技術の素晴らしさ。単調になっても誰も気にしないでノッているであろうPARTY TUNEでこんなに幾度も曲調を変えてくる丁寧な職人仕事。その後のメロディアスな部分で大我君の高音と北斗さんの低音が入ってくるのが気持ちよい。

【好きな歌詞】「信じてるME, MYSELF & I」どんだけ自分…(笑)と思ったら「自分勝手なタイプ」という意味があるらしい。”so fly”も滅茶かっこいいというスラングなのだとこの曲で知りました。生きた英語学習まじ感謝。

【妄想用途】『キル・ビル』みたいなモダンヤクザ映画のエンドロールで、乱闘シーン総集編のBGMとして(笑)

Bang Bang Bangin’

『Special Order』では中東調がちら見えし、今回はボリウッド映画かな。ダンスがボリウッド*13だったら大変そう。ただでさえこの超速の曲を歌うSixTONESさん、ぱないっす。という感じなのに。これ聴きながらエアロバイクこいだら平均125RPMくらいになって(笑)

【好きな歌詞】「My name is “fire burn”  a.k.a. SixTONES」火傷すっどー、みたいな感じ?

【妄想用途】『RRR』ばりの全編踊りと戦闘シーン、熱い男達の友情、みたいなボリウッド映画の劇中歌。「らたらたたた」で戦闘モードアドレナリン全開の主人公が無意味にスクリーン一杯の大映しになって欲しい。

SPECIAL

明るいハッピーチューン。『彗星の空』程には背景に物語性はなくて『オンガク』程キラキラした感情が溢れていないけれど、これらの曲同様の強固な、でも少し力みのとれた安定した仲間への思いが大人~。「いつもありがとう bottom of my heart」の歌詞に、YouTubeやバラエティ番組でよく目にする「ありがとう」と日常的に声かけあう、育ちのよい人達よね、と思い出したりする。

【好きな歌詞】「一度きりの人生 試練さえも楽しむmindでlet's get it」「ありふれた毎日が繋げるstory」

【妄想用途】曲調や「you’re my special one」からすると定番お手振り曲か、あるいはアンコール登場時の曲。

Seize The Day

試聴とで最も印象が変わった曲。これまであまりSixTONESにはなかったように思う洋楽調?(”Conservative is no answer”ですもんね)こういう曲調をそこまで好きになるとは思わなかったけれど、今や本アルバムで最も好きな曲の1つ。特に樹君の高音の「Seize the day」からの転調のカタルシス感たるや。樹君は音程を確実にとるし、ハイトーンもすごく魅力的ですよね。大我君の朗々とした正統派の澄んだ高音や、ジェシー君のふわっと蒸気のように立ち昇る高音、北斗君の真っ直ぐよく通るそれとも違う。いうなれば「漢」な味わい、実は最もド直球な人間性が心に殴りこんでくるような声。それが映画『The dead poets' society』の"Carpe Diem. Seize the days, boys. Make your lives extraordinary."を体現しているようで。樹君にはブルースを歌ってみて欲しいなあ(好きかどうかは知らないけど)。そんな樹君の声が際立つのも様々な声色を駆使できる他の5人が真っ直ぐな歌い方に徹しているからかしらんと、チームワークの妙を聴いた感じ。

【好きな歌詞】「Ready to take off Receiving headwinds and fly off~It’s the time, for you now feel it in your hands」追い風なんて吹いていたことないけれど、逆風の方が高く舞い上がれるんだ!

【妄想用途】王道ヒーロー映画のエンディングで壮麗に流れていそう。『アルマゲドン』的な。あるいはライブ本編の最後。この曲が流れる中、宙に上がって帰っていくSixTONESさん…

TOP SECRET

あまり恋愛でやらかしそうにないSixTONESさんだけれど、“OMG"から始まるのですね(笑)。冒頭の baeって何?と思ったら”before anyone else”なのですね。またもやスラングを学習(笑) ベースで鳴り続けるバスドラムの音の響きが、まさに「やっちまった」人の内心の焦り、ドキドキ感のよう。百戦錬磨どころか意外にかわいい。同じく”友達とやばい感じになっちゃった/なりそう”的状況でも、Sexy Zoneの名曲『タイムトラベル』のような小ずるさがない純朴さ。北斗さんの「ただの友達」の節回しがいい。

【好きな歌詞】曲は大好きですが、これって歌詞はあまりないですよね(笑) インスタライブで「自由の女神」という表現が好きというコメントありましたが、私はつい「仁王立ちする大女像」が頭に浮かんでしまい、つくづくロマンチックとかドラマチックとはほど遠い性格(笑)

【妄想用途】映画やドラマの主題歌ではなく、むしろこの楽曲世界を実写化、ショートムービーにして欲しかったりする。同じ女優さんをヒロインにして6人それぞれでこの曲を演じるオムニバス。

CREAK

堂々のシングル曲がこのアルバムでこの並びで聴くとさらにひきたつ気がするアルバムの魔法。シングルリリース時は『ABARERO』『こっから』と激情タイプのパフォーマンスが続いた後。『人人人』や『こっから』のようなライブ感溢れるパフォーマンスが素晴しすぎて好きすぎて、振り付けに則り端正に踊っていたこの曲の初出のパフォーマンスには強い印象はうけなかったのではないかと今なら思うのですが、ダンスと歌の難度からすれば忠実なだけで十分すぎるのに、ファンというのはなんと贅沢な生き物なのであろうか。この曲は演者の踊り、歌をありがたく拝受すべきものでした。

【好きな歌詞】「上等だ!How and whyは自分に問え」

【妄想用途】『ノッキンオン・ロックドドア』の主題歌一択...でも、オールナイトニッポンでの”活用法”は出色でしたね(笑)

DRAMA

冒頭のサイレンみたいなパラパラパラパラッパーがオリエンタルで楽しいし、そこにゴリゴリの樹君のラップが加わる無敵さ。『DON-DON-DON』と同じくオラオラの曲と思いきや、メロディアスで美しいパートが入れ替わりに顔を出すし、正体不明の愛らしい音が混じるし。一品で温かいもの、冷たいもの、汁物など色々楽しめる松花堂弁当的な展開が、声が美しく強く歌えるグループならではで楽しくて。例えば正統派のメインヴォーカルが進行する中でラップが現れる展開はよくあれど、さらにフェイクありアドリブあり、がなり声もあれば優しい声も、吐息も(笑)加わり、音域も広い。すべてを全員が一定以上の質で生かせるグループはそうそうないと思うのです。。

【好きな歌詞】「二の足なんて 踏む暇ないぜ」大我君が歌う胡散臭さが何となく好き。「さぁ、踊りなPUPPET  ON STRINGS」「どちらがPUPPET?」という問いはあれど『フィギュア』のようにショウウインドウで座して待つのではなく主体的に踊っているわけですよね、操られてはいても。

【妄想用途】お笑い番組の決戦投票のジングル、あるいはライブ本編最後に「まだ帰す気はない」って歌って欲しい

House of Cards

切ないバラード。6人6様の切なさなのだけれど、この曲では慎太郎君と髙地君が切なさの主役を担っているように思えます。勿論『DRAMA』の最後で「HA HA」と強烈に煽った舌の根も乾かぬうちに、sensitiveでInnocentでsoftlyな歌い出しをするジェシー君の変幻自在さや(いや、続けてレコーディングしていないでしょう(笑))、お洒落なバラードにSixTONESらしい風味付けをしてくれる樹君のざらざらした武骨な声も、砂上の楼閣の儚さを声で描き出す大我君と北斗さんも、6人の力が合わさっての楽曲の表現ですが、とにかく、慎太郎君と髙地君が楽曲のムードを規定しているように思える。この曲を全員一致で選んだというのが不安や脆さと向き合うことを強いられるお仕事なのだろうなとこちらが切なくなります。でも、このアルバム自信満々だから、ちょっとはそういうanother side of SixTONESが垣間見えると少し安心したりして。まだ近くにいるのだなあ、的な(笑) 旋律のメランコリックさや楽曲の広がり感にパット・メセニーを想起させられたのは私だけかしら
【好きな歌詞】ここでもSixTONESさん恒例の「星のない夜」が登場。でも今回は強いな。”I ain't going no where”とは。

【妄想用途】社会派医療ドラマのエンディングテーマ。

Blue Days

プロの歌い手さんなのだから私などが偉そうに評することではないのですが、髙地君、こんなに高低自在に伸びやかに声を出されるようになられたのですね。舞台発声の経験も大きいかもしれませんが、まさに「なりたい君になれるように 描き出す青写真を 胸の中無くさないように」来られたのでしょうね。『真夏の夜の夢』や『星降る夜に出掛けよう』で感じ、歌唱にもおいても通じるように思える髙地君のすごさは「高地優吾である」という芯を全くぶらすことないままに様々な作品や現場にフィットすることだと思います。ジェシー君の声は曲により変幻自在だし、北斗さんは演じる人物により佇まいが変わる。慎太郎君の山里さんはまさに憑依を体現していた。髙地君はもちろん悪い意味でなく、高地優吾を通したままで技術的な幅を広げ、むしろ環境を自分によせてものにしてしまう感じ(あくまで素人の感想です)。まさに「自分の型崩してまで欲しいモンなんて そんなあるかな」。人間国宝・玉様の手になる前衛劇の、ちょっと不思議な登場人物として説得力がありながら髙地優吾である、あるいはシェイクスピア戯曲の登場人物という”型”に髙地優吾の人間性が透けて見えるような。大阪まで足を延ばした甲斐があったし、日生に劇場に3回入ってもまだ観たかったと思ったものでした。一方ジェシー君。「悪戯な日々に冷たくされても 誰がを恨むなんてしないで欲しい」だけで「あまりにジェシー君で」泣けましたが、続く「この歌で なかった事にならないってわかってるよ それでも届くように歌を歌うよ」は他人の深い心のうちには立ち入れないという限界と線引きを認識しつつも歌い手としての願いが凄まじいなと思って、その覚悟にうたれたものでした(歌割りは無視して、作詞家が別の方とはわかっていて、お二人が考えていそうとの印象で書いています)。

【好きな歌詞】前述の部分に感じ入りましたが「隣に居るように歌を歌うよ」もきっと多くの方の救いになるのでしょうね。

【妄想用途】『バリューの真実』で将来仕事にやり甲斐が見出せるか、働く意味とは、みたいなテーマがあったら(いや、大人向けでも)この歌詞を読み解いて欲しい。ジェシー君と髙地君が並びアカペラで歌うバックで4人でコーラスとギター伴奏して欲しい

希望の唄

まさに「希望の唄」掛け値なしに真っ直ぐ。上でも下からでもない同じ目線。恐らく屈託と含羞は余りあるのに、だからこそこれを歌える人と、真っ直ぐ真っ直ぐ生きてきたからこそ説得力のある人と。メッセージ性と疾走感あるバンドサウンドがなんと似合うお二人なのか。慎太郎君のダンスが大好きなのでユニット曲でもがっつり踊って欲しいのですが、この曲はタオルぶん回し、拳あげてステージ狭しと走り回る光景が浮かぶ。大我君はどうしてもギター抱えているイメージになってしまうけれど。 このアルバムでツアーグッズのマフラータオルを回すとしたら、この曲か『Bang Bang Bangin’』かですよね。

【好きな歌詞】「バレないように書き殴った あの落書きと自作の名言」これ、まんま学生時代の大我少年ではないかしらと、ちょっとにやけて聴いてしまった。「笑って 笑って 生きていたい」これも、ザ・森本慎太郎のイメージ。あくまで聞くところによる、ですが。

【妄想用途】少年少女の一夏の大冒険を描いたジュブナイル映画か、大会を目指す部活ドキュメンタリーのテーマ曲

スーパーボーイ

北斗さんと樹君の圧倒的リズム感と抑揚の絶妙さに幾度も聴きいってしまう。このアルバムでは一番好きな曲。こすり過ぎだろと反省する位、幾度もSNSネタにさせて頂きました。digeST公開で既に「邪念がない 邪念がない」って脳内無限ローテに陥らせる佐伯さんとほくじゅり無双。当初はMVの部分的な印象もあってひたすら「人をくった」曲だと思っていて、先にフルで聴いた(?)7MEN侍君達が「エモい」と評していたのが謎だったのですが、フルを聴くとなるほど転調から「経たね~」後がエモいわけですね。平成だと地元じゃ負け知らず修二と彰になるところが、令和だとガキの頃の与太話を繰り広げつつ、でももう戻れないという厳然とした事実も冷静に認識しているし、ネタとして”無敵さ”を面白がり懐かしんでいても決して戻りたいわけではない、大人な北斗と樹。北斗さんの「いつまぁでもぉう」はやんちゃな響きなのに(これ、大好き)樹君のそれがやや冷めた感じなことや、二度目の「邪念がない」にうつ相槌が「うん」というより「ほうん」という響きだったりするのが素敵。フルで聴いて初めて知る自主規制音(笑)。音を聴いて?と思った謎の”ぽっぽ~”の叫びの本体が明らかになるMV。全貌を知るとやっぱり結局捻りだらけのシュールで「人をくった」曲ではあるのだけれど(それ、私が「ってあなた」におかしみを感じてしまった人間だからかしら)、最後席を立つ直前の一瞬、映される樹君のとろけるような笑顔に、あなた達の歴史と関係性が凝縮されているようで、ちょっときゅんとしてしまい。

【好きな歌詞】「~高いってアレね Expensive じゃなくて Higher の方ね」digeST公開時に最も話題を呼んだ言葉だと思いますが、意図的にあの胡散臭い程に良すぎる発音にされたのだと思ったのですが、逆に「正確に発音したのが世間でネタにされている」という方が結構いらして驚き(え、私のとり方が間違ってますか…?)

【妄想用途】いや、もう冒頭の「restaurant Poppo 24h Super Boy Corp.」の看板から始まり、あの何とも言えないキッチュさとエモさの詰まったMVでもうお腹いっぱいです。好きだわ~

君がいない

事前に唯一与えられた「君がいれば何もいらないのに 連れ去ってこの痛みごと」の歌詞から『Gum Tape』系のしんみりした爽やか曲かと思いきや、クセ強懊悩ソング(笑) 隠し玉になったの納得。またやりやがったな(笑)『TOP SECRET』と通底するドスドス響くバスドラムに、勝手に続編(友達とやらかした末に結局つきあったものの、ほどなく去られてしまった)みたいに思ったり(笑) かといって『マスカラ』のような重苦しさはなく。うらみつらみ、後悔で余裕なさげな歌詞なのに、辛さだけではなくてどこか抜け感がある。THE FIRST TAKEでの北斗さんの余裕ありげなカメラ目線の”顔芸”や他のメンバーのアレンジにもそれを感じたからあながちこの解釈も間違いではないような。だから及川みっちーのライブみたいに客席皆で「嗚呼~」って言ってよろめき倒れるとか、やってみたくなってしまうのですよ。あるいは特典映像でアンセムについて北斗さんがおっしゃっていたように「ライブで皆で”あーっ”、”おー”って声だす」のをこの曲で(笑)。先日、SAYA YAMAMARUさんがこの曲で踊ってらしたかっけぇ~TikTokが流れてきましたが、いかようにでもできそうなだけに、どんなパフォーマンスか一番楽しみな曲の一つです。

【好きな歌詞】「何気ない日々にイラつき」「寝ぼけた頭コーヒーで覚ませば 嗚呼、君がいない」眠りは脳の大事な防衛機能だから、その生理をカフェインで破って我にかえると「君がいない」現実が突きつけられる感が否応ない。

【妄想用途】叙情性と下世話さが同居する森田芳光監督作品の主題歌。あるいは日活ロマンポルノ

ONE SONG

ジェシー君の「give me power~ like a flower」の脚韻の、ふわっと柔らかに花が開くような、軽やかに力が注がれるような歌い方が素敵。穏やかな人間関係。その「当たり前じゃない隣の君」は、メンバー、スタッフさん、いろいろな見方が可能だけれど我々ファンでもあるのかな(願望)

【好きな歌詞】「I'll cherish every moment in my life」cherishという単語のニュアンスが好きなのです。

【妄想用途】焚き火囲みギターつま弾きながら歌う感じ。キャンプ企画で皆さんで歌って下さいませ。北斗さんギターで。

Drive -THE VIBES ver.-

きらきら金管が好き。かっこいい!ゴージャス!『With the Flow』が晩冬の南仏の海岸を走る感じで、オリジナルverの『Drive』が厳つい装備のJeepのピックアップトラックで悪路乗り越えゆくならば、『THE VIBES ver.』はドレスアップしてジャガーコンバーチブルの屋根あけて都会の目抜き通りを走って欲しい感じ。

【好きな歌詞】「行き先ならwhere the wind blows」そういう旅、憧れるんですよ。ぎっちぎちに予定詰めちゃうから(笑) 

【妄想用途】ウェルメイドなデートムービーの挿入歌、あるいは男臭いバディものロードムービー

 

今回はアルバム発売からツアーまでの純粋に曲を堪能する時間があって嬉しい限り。存分に円盤を聴きこんでいます。SNSにはツアーに当たらなかった方達の諸々が書き込まれていて本当に恐縮なのですが、自分だけでなく友人知人ももれなく皆入れて嬉しい限り。パフォーマンスや構成を初めて知る初日の驚き、回を重ねて変化していく楽しみ、客席との相互作用の魔法、本当に楽しみにしています。例えばダンスや歌だけをとれば他にも上手なアーティストさんはたくさんおられます。しかし、ライブが育つ、楽曲もメンバーも日々進化・変化する。そんなライブと音楽の醍醐味を味わせてくれることにおいてはSixTONESは格別なのです。それも含めて今回は、楽曲についての感想を超えてメンバーの皆さんについて立ち入ったことを書いてしまい、お気を悪くされたら申し訳ありません。直接お話したことがあるわけでもない一介のファンの憶測で、他人から決め付けられるのが恐らく嬉しく思わない方々に失礼かとは思ったのですが、聴いているうちにそんなことを感じている人もいるのだなー程度でご容赦頂ければ幸いです。

と、ここまで書いて気付いたのですが、私、今回の楽曲の話であまり北斗さんについて触れていないのでは…。『スーパーボーイ』が好きすぎてそれだけでも大満足なのですが(笑)、『CREAK』との2曲を除けば北斗さんがフィーチャーされたパートはあまりなかったかもしれない。でも、音楽に詳しくない私でも、歌に趣をもたせ彩りを与えるために北斗さんが貢献していて、広い音域が楽曲に厚みを加えているのはよくわかる。他のグループにいたらメインボーカルだったかもしれないくらい全員が歌えるグループにおける、そんな北斗さんの在り方や仕事っぷりが私は大好きです(いや、そんな縁の下の力持ちになっているつもりはないって思われたらごめんなさい)。既に各方面から高評価を得ている『夜明けのすべて』*14でも「これみよがしでない」ことを心がけていらしたことをはじめ、インタビューの内容は深く頷くことばかりでした。それでいて萌音さんに「私は松村さんの演技に幾度も嫉妬した」と言わしめている。かくあって欲しい俳優像であってくださることがどれだけ嬉しいことか。レビューやインタビューを渉猟するだけで満足してはいけない(笑) 試写会は悉く手が届きませんでしたが、封切りをわくわく心待ちにしています(舞台挨拶、そろそろ当たってくれないかしら…)。

インフルエンザも新型コロナウイルス感染症も益々流行っております。ライブ会場でマスクを付けている方は少なくなり、声も出せるようになった今、映画公開とツアーが重なる北斗さん、他にもそれぞれの大事なお仕事を抱えておられるであろうメンバーの皆さん。その鬼スケジュールを支えるスタッフの皆様、本当にお身体にお気をつけてツアーを乗り切ってくださるようお祈りしております。

もうじきお目にかかれる時を指折り数えながら。いつでもどんな北斗さんも応援しています。                            かしこ

*1:っておっしゃってhましたよね?何回か聞き直してしまいました。

*2:年末のTalking Rock!誌は読んでしまったのですが、他のレビューは極力読まずに書いてます。北斗さんのインスタライブで他の方のコメントを見聞きしてすごいなーと思いましたが、私も頑張った(いや頼まれたわけでもないんですが)

*3:発売3週目になりますが、合間にKing Gnuさんのバンテリンドーム公演に参加したので(常田氏が流血した伝説になるあの日ですよ。ふふふ)礼儀上King Gnuさん再聴きこみ日もありましたので正味2週間。聴きながらメモしてまとめたのが17日なのに浅い感想だなーと加筆したり、書き上げたら思いの外長くなってしまって便箋に書くのに丸3日かかり(笑)

*4:日経エンタテインメント連載「エンタテイナーの条件」2024年2月号

*5:2023年のSummer Sonicでは炎天下のスタジアムでWEST.さん大変そうでしたが、高中正義御大(70歳)も夕方のビーチステージ、鈴木雅之さんも夜とはいえ30℃台の気温にパブリックイメージを守るためスーツでビーチステージに立たれていたから、頑張れるさ、まだ20代!

*6:ストチューブにコメントすると1つだけは「いいね」頂くの、ひょっとしてスタッフさんかメンバーが巡回していて必ず1つは付けて下さっているのでは、なんて優しい世界を想像したり(笑) 

*7:Jamiroquiの『Canned Heat』のMVをジェシー君にカバーして頂きたいのです、いつか

*8:ここでメインの花道を駆け抜けて欲しいけれど、6人で走る姿、JA COUNTDOWN JAPANで仰ったように、そんなに鈍くさかったでしたっけ?(笑) 

*9:で、なぜ所謂”担当”がジェシー君じゃなくて北斗さんなのか、という点については「愛は理屈じゃない」としか申し上げられないのですが。いや、勿論依怙贔屓なしで北斗さんは素晴しいですよ。書くまでもない

*10:負担かけない発声法があるらしいとはいえ、ビートルジュース期間のジェシー君がMステで高音が大変そうだったので

*11:かつて永遠という言葉に対する言いがかりに近い文を書いた(笑)身としては耳が痛い(2020年10月でした)すみませんでした... 036: 2020年10月27日_NEW ERA MV、TrackONE-IMPACT-円盤、Roughxxxxxx映像、雑誌露出、一億円のさようなら、アトリエの前で - 書簡・編

*12:同年代で6月生まれ。いつか楽曲提供して頂けたら面白いと思っているのです。

*13:留学中に学園祭的催しで、インド人のキッチンメイトとボリウッドダンスを踊ったのですが中毒性ありますよね。

*14:「SCREEN」「キネマ旬報」名門映画誌2誌の表紙、おめでとうございます。嬉し過ぎたのか間違ってSCREEN誌2冊届きました(笑) あの2誌に載ると堂々映画俳優、という感じになりますよね。

065_2023年11月13日_慣声の法則 円盤、アトリエの前で第38回

拝啓
立冬とはいえ穏やかな気候のこの頃、北斗さんには大きなお仕事の後の束の間の休息を楽しまれていることとブログから勝手に拝察し嬉しく思っております。

さて、「慣声の法則」Blu-ray拝見いたしました。生きていれば心が曇る冬の日もあって、そんな時には暖かな陽光の下に続く「夏への扉*1を探してしまう。この3枚の円盤は「あの4か月」「あの4月」を鮮やかに蘇らせ、生きる力をくれる。そしてまたあんな「夏の日」が必ずやってきてくれるという希望を心に灯してくれる、今の私にとっての「夏への扉」になりました。毎度思うことですが、素敵な作品をありがとうございます。感想ともいえない雑感ながら、映像で思い出された、あるいは映像のお陰で改めて気付いた素敵な光景や言葉を綴ってみました。

DOCUMENT

ほんの些細なことで愛すべき人間性に触れられる瞬間が好きだ。例えば、こちらは道交法に則り停止しただけなのに会釈しながら小走りに横断歩道を渡っていく人。SixTONESのツアードキュメントは、インタビューとリハーサル風景、公演を裏から覗いたり俯瞰したりの映像を淡々と繋いでいっただけのものでありながら、いつもそんなよき人間性や温かい関係性が自ずと伝わってくるから好きだ。
・ドーム公演発表にあたり「納得してもらえる」事が大事と粛々と述べる樹君。
・訥々と語る北斗さんの、剥きたてのゆで卵のような肌。カメラの向こうにいる”人”と対峙するような目線と喋り
・ご飯を食べる髙地君がもらす「うまい」の一言に相好を崩すジェシー
・忘れもしない仙台公演MC後の空耳アワー。仙台は客席とステージも近かったけれど、そんな一事で心の距離もより近くなった気がした。
・ツアーをめぐる映像の区切りを示唆する、衣装に貼られたツアーロゴステッカー
・リハーサル「Again」の大我君のアレンジ、ストレッチをする北斗さん
・アリーナツアーパート最後のBGMが「オンガク」なこと
・ドームのリハ―サル「Amazing!!!!!!」で、北斗さん以外全員キャップなの、なぜ(笑)
・急に動いたジープに驚く属性の人々と、落ち月はらった大我君の対比
・「はい 素晴らしいです」って仰る舞台監督さん
・コメントにいちいち「ありがたいことに」とつける樹君「ドームは嬉しいけどドームだから嬉しいわけじゃない」の正しさ
・単独ドーム公演に至る経過をファンに感じてもらうのに、直接的な過去映像ではなく、クレーンの高さで8.8の気球を仄めかす粋
・意外やソフトランディングだった「Amazing!!!!!!」の北斗さんのジャンプ。ドキュメントで角度違えて拝めて嬉しい。
・初単独ドーム公演の大阪はやはり、雨。開場待ちの風景に、台風だろうが雪が降ろうが、SixTONESの公演初日絡みの降水にはお約束感に笑ってしまう。その開場規模でも意外な程違いを感じなくて、逆に拍子抜けすることも、お約束(笑)
・東京ドームのドキュメントのBGMが「Takes Two」だったこと。緊張の合間の緩和的な
・開演前、誰もいないドームでレーザーが動いていたり、ライトがくるっと回転する、そんな光景にわくわくする
・大我君の「2度3度があるなら(そのたび)意表をつかなきゃいけない」宣言の頼もしさ。楽屋の壁の初日のスポーツ紙記事の初々しさ
・当然なのだけれど改めて、リハーサルにYOSHIKIさんいらしたのですね。常田さんとYOSHIKIさんのリハーサルまで見せて頂ける豪華さ。お2人を見る”少年達”の目のキラキラ
・最後の「せーの、ズドン」の瞬間、客席にマイクを向ける北斗さん
・ドーム公演を終えた後のこの上なく幸せそうな顔、顔、顔

ライブ映像:ドーム公演編

・冒頭の魚眼レンズで映しだしたドームの天井の映像のワクワク感が秀逸
・ちょっとライトがついただけで湧きかえる場内は、まさにあの日の空気感
・開演前からクレーンのスピーカーはビリビリしていたのだ
・バックステージの”食虫植物”ライト、”機械”なのに有機的で素敵。蠢く様に「CHANGE THE ERA」の創世記のような世界観を思い出す。あの時は数条のライトだけだったなあ。
・「Amazing!!!!!!」の衣装の背中の長いショール的なのが隣合わせの髙地君と北斗さんでお揃い。珍しい
・「NAVIGATOR」の”Hey!”で一斉にペンライト上げる客席を魚眼レンズで映しだしたのが好き(どうも魚眼が好きらしい?自分で)
・「NAVIGATOR」でメインからセンターステージへ歩を進める姿が、初アリーナ単独ライブの時と同様、物理的に大きい人達だからというのではなく、本当に大きく見える。花道から吹きあがる風の中「NAVIGATOR」と「シアター」の劇的さ!先頭の髙地君と慎太郎君の並びが何だか嬉しかったり
・「シアター」間奏で絞り出すようなジェシー君のフェイクと冒頭のアドリブの迫力。
・かなり早い時間帯に達したバックステージで歌うのが「Waves Crash」という卓見
・「Overture」から「Boom-Pow-Wow!」までシングルは1曲だけ。未収録のJr曲とカップリングで押し通すセットリストに、自分達の楽曲と客席への信頼、いか程か、と改めて驚嘆する。
・「IN THE STORM」の煽りの凄まじさ。ここで”食虫植物”ライトが稼働していたのは気付かなかった。ゆっくりと翻るマントの裾が一瞬スローに映るのが素敵。歌いながら途切れることなくクレーンに上がっているのが手練れ感。あんなにクレーンぐらっぐら動かしている人が高所恐怖症とは思えない(笑) 最後のフェイク、北斗さんでした…?
・「Boom-Pow-Wow!」でようやく最近の曲になり。それでも会場内の温度感が変わらないのがさすが*2。北斗さんの「そりゃぁ」って煽りと、髙地君が煽りつつも振り付けを忠実に遂行しているのが好き。
・クレーン上で北斗さんが何か憑りつかれたように踊っている姿。そしていつの間にかクレーンを降りて意外な速歩で花道を進んでいたことを映像で知り、感心。たかが数分ぶりなのにメインステで6人揃うと、なんでそんなに嬉しそうなの?
・北斗さんの「挨拶」時、きちんと「近い」「遠い」客席を映しわけている律儀さ(笑)。
・「Risky」で肘掛についた手の骨が日頃診療で使っているような物であったと映像で”見えて”しまい(笑) 頭蓋骨も前額断半切なのね。
・髙地君のダメージデニムの究め感。北斗さんのターンの軽やかさ
・「Dance All Night」で北斗さんが5人を「吊り上げる」ところ、改めてドームの構図(360°見えるセンターステージ)最高。
・「OPA!」の歌割に準じた几帳面なカメラ割り、トロッコの上ですら見せ場のポーズを全て映している忠実さ。メインステージに上がる瞬間のタッチも含め、2人の音の拾い方の「リズムの申し子」感
・「ふたり」は大我くんのロングトーンは勿論、本当に6人とも歌唱が安定していてハーモニーが美しい。高地くんの声の伸びと声量の豊かさに進歩と努力を感じる。
・「オンガク」20代後半男子達が大はしゃぎの姿のよきこと。60になってもそうやってはしゃいでいてね。皆でばーんって撃ち合う姿の多幸感、撃たれてのけぞる慎太郎君いと愛し。髙地君のダンスが伸び伸びしていて好き。北斗さんの跳ね方。この曲の振り付けが大好き。歌声も最高…ここまで盛り上がると、ここでMCかと思いきや、まだ前半続く
・「人人人」場を重ねることに成熟していくパフォーマンス。Jeepの流れさえなかったらセンターステージで客席の只中で演じて欲しかったなあ。この時の北斗さんが6人の中で一番薄着だったのが結構ツボ。
・挨拶から「Risky」のイントロまでたったの2分10秒。「人人人」のアウトロを利用してのスキャットしながらのジープへの移動も円滑。SixTONESのライブの素晴らしさは「空白の時間の少なさ、曲間や装置、ステージ間の以降のシームレスさ」だと本当に感心する。6人全員がステージから下がっていたのは3時間中、4分20秒に過ぎない。客席が置いてきぼりになる時間帯を作らぬ献身に驚嘆
・「DRIVE」最強に武骨で愛らしい車を俯瞰、正面、悪路乗り越える様、見たかったアングルで余さず映してくれてありがとう。炸裂するジェシーのアドリブの気持ち良さ、Greatでガッツポーズする北斗さん。楽しいドライブから「ABARERO」までほんの30秒の素晴らしさ
・「ABARERO」イントロから笑顔の慎太郎君、さすがnatural born dancer。振付の中では北斗さんの伸びあがりや後屈が好き。例えば「Hysteria」のような、楽曲選択の姿勢や当人達の意識が”攻めている”曲も好きだけれど、楽曲もダンスも攻めている「ABARERO」の在り方も好きだ。
・「マスカラ」ギターの弦音に合わせたライト。リリース時より何倍もよいパフォーマンス。上空を滑るカメラすら優雅
・話題性ということをおいても常田さんとのコラボはツアーのハイライト。YOSHIKIさんの激しいながらも包み込むような演奏とは違う、常田さんの挑発的なパフォーマンスでSixTONESの歌唱力や即興力が改めて明らかになったようで嬉しい。
・「愛という名のベール」最初の一番離れた立ち位置でモニターに相手を映してくれて、広い会場ではありがたい。「真っ赤な嘘」で陰と陽と、相容れない互いが引き寄せられ反発したように、今回は黒と白が引き付けあい離れた様。現地で見ていてもドラマチックだったけれど、映像で見るとより鮮明で。ジェシー君の翻したコートの裾がスローになったのがさらに劇的。
・「STAMP IT」「甘いSTAMP IT」でアドリブが入ったのがよかった。髙地君の緑のロングコートが格別。
・「Cat Call」柔軟性の両巨頭、北斗さんとジェシー君が両端にいるのね。このダンスの柔らかさが好き。実はSixTONES、柔軟で妖艶。
・「Mr. ZUDON」実は間奏が結構重厚な音で改めて驚く
・「ラ・ラ・ラ・ラブストーリー」結構な段差を軽やかに駆け上がっていたのですね。他の曲では慎重に一歩一歩降りていますものね
・「映像」1分30秒。何故グッズのように”声”を意図し”口”でなく”眼”だったのだろうかと考える
・「S.I.X」ジェシー君の煽りが天才的。北斗君のはジャニーズの伝統的煽りで、それもよき。
・「Bella」薄いコクーンの彩りの美しさ。花道の妖艶北斗さんも、声の重なりの美しさも、映像でしっかり堪能
・「Special Order」ドームでも変わらぬ「どこまで低くなれるか選手権」(はい、北斗さん常勝)に、実はSixTONES、ダンスに手をぬかないのよと世界中に叫びたい
・「WHIP THAT」北斗さんのアイドルジャンプが2回も映っているの(しかもスロー)(いや、かっこいいよ)、高地の上着の担ぎ方、慎太郎君の回転しながらのジャンプのスロー
・「Outrageous」重量感がザッツSixTONES! 次々ヒット打つの大好き、特に北斗さんの本当に感電したかのようなそれが。北斗さんの大ジャンプ、ここでも笑顔満開の慎太郎君も
・これだけ大騒ぎしておいて「Again」ですんっと歌い出すまでたったの14秒。すごい…そして敢えて語らす終わるところが好きなのよ。
・EC「PARTY PEOPLE」えーい、びぃーい、すぃーい、でぃーって遊んでいたのでしたね。懐かしい大騒ぎ。
・「Good Luck!」収録回のラップは北斗さんが指名されるきまりでもあるのかしら(笑) 歌モニターの歌詞読んでます?
・「この星のHIKARI」ドームだとさすがにシンガロングの音。割れますね
・「彗星の空」もう、ステージ上の皆さんの表情、これに尽きます
・セカンドEC「JAPONICA STYLE」改めて、こんなキラー曲をアンコールのお手振りに使う日がきたことに、潤沢で質の高い楽曲数を思ってしみじみ。1回きりの演奏なのに映像まで用意されているとは贅沢
・客電落ちまでがライブです、という終わり方も好き。

ライブ映像:アリーナ公演編

・センターステージの上の円盤状の装置。登場場所を匂わすようなライトに惑わされていた初日以外はしっかり見ることもなかったから、アップでゆっくり見せて下さってありがたい。ギターやトランペット等の集まった、まさに「音楽の塊」。SixTONESの展示企画があったなら、ぜひ衣装と並び展示して欲しいものの一つ。BGMがチューニングの音なのも素敵。
・モニターに映しだされたツアータイトルがさりげなく映るのが素敵。最も話題になったフェSではなくてゆっくりと上空に昇るライトが本命の演出だったのかしら。フェSはOvertureでライトに拍動させられるのが面白かった
・何回見ても「Voice」はオープニング曲として満点!
・「NAVIGATOR」の”Hey!”で思い切り斜めになる躯幹のバランスの妙をスローにしてくれてありがたい。現地だと一緒に踊っていてきちんとみえてない説
・ドーム公演を見た後でも、花道を進む6人の姿の縮尺感が一緒で感覚がおかしくなる。でもパフォーマンスを観ていると、もうアリーナ狭い感、圧倒的にドームがあうスケール感に既になっている…箱の大きさではないとはいえ
・「Boom-Pow-Wow!」体を反転させているから結局「右から+右から」になっているのでは?北斗さん(笑)
・「Rinky」”やんちゃ”と形容していた記事があったけれど、どちらかというと”退廃”とか”世に飽いた”感、つまり中2感ではないかしら。ジェシー君のフェイク、本当にかっこいいですね。
・「OPA!」こんな極彩色の映像背負っていましたっけ…お2人のアイコンタクトが楽しいのですよね。
・「オンガク」この振付、6人の雰囲気、見守る客席のとろけそうな多幸感、全て好き
・「人人人」マイクを手にとるまでそんな表情をされていたのだと初めて知りました。何しろ自分が楽しくなっちゃっていたから。現場ではよく見えなかった寝そべった辺りを見られたのも嬉しい。そして、今回の円盤の白眉!起き上がってからの数十秒の俯瞰での映像処理。これ大好きで何回見直したことか!
・「僕が僕じゃないみたいだ」他のSixTONESの曲もそうですが、この曲の使い勝手のよさといったら
・「“Laugh” In the LIFE」ジェシー君の超高速ファンサに笑う、幸せな時間。そんなご多忙の中、あんなにアレンジしたりロングトーン使ったり、ハモリがちゃんと美しかったり、本当にあなた達は素晴しい。でもはしゃいでいると気付けない。今さらながら、ありがとう。
・「MC」一度聞いたMCなのに、家で映像見てまた笑ってしまうとは(笑) 真顔で蛙hateを語っていた北斗さんはよく覚えているけれど。画面が時々陽炎みたいに揺らぐのは気のせいなのか、映像効果なのか、あるいはMCの熱気?(笑) それにしても、皆さん揃って身目麗しいこと
・「Chillin‘ with you」この曲の好きなところ、皆さんの音の切り方、一人身体揺らす北斗さん
・「愛という名のベール」北斗さんの脚の踏ん張りにどれだけ精魂こめて歌い上げているか、改めて知る。羽根と布と翻す裾と、私の好きな物尽くしの演出とダンスを何回も見られる幸せ。
・「STAMP IT」前の曲の布をそのままスクリーンみたいに照明を投影して始まっていたのですね。演出に目がいきがちな曲と、ダンスに目を奪われてしまう曲の違い。作詞にも関わられたこともあるかもしれませんが、この曲は特に表情管理が的確。SixTONESのパフォーマンスは皆さんの演技力もありましょうが、演劇的な要素が強いですよね。好き。フォトブックの樹君の見たことない表情(アリーナ版p.21)はこの曲でも見られて。最後に一瞬ストップモーションになったように見えるのは、演出か、照明の明滅のため?そういえば北斗さん、”僕の虜”を”理性は死んだ”と歌ってらして、ああ生もの感(笑)
・「CAT Cal」北斗さんの”London, Paris, cat walking to Tokio”の低音が大好きなのですよね。そして猫目の仮面をかけると引き立つ北斗さんの口の表情の秀逸さ!Oの字にしても口角あげるにしても、表情豊か。そして後ずさる時の後屈度合いも好き。
・「ラ・ラ・ラ・ラブストーリー」広がる一面の風船の映像の幸せ感。甘甘な時間
・「マスカラ」紗幕ごしのパフォーマンスの、少し遠い音が熱にうかされた真夏の夜の夢うつつのようで、ラテンアレンジにぴったりの雰囲気を醸し出していて私は大好き
・「Imitation Rain」年齢と経験に応じて深まるパフォーマンス。今年のImitation Rainも映像に残して下さってありがとう。
・「Imitation Rain」終わりの静寂から一気にぶちあげメドレーに入る流れ。ザッツSixTONES!記憶していたより意外や映像で大人しく見える「RAMーPAMーPAM」はドームのパフォーマンスがあまりにがつがつしていたからか(笑)それにしても全員声が強いことを本当にありがたく感じる「WHIP THAT」花道からスモーク吹きだし、ここぞ、のジャンプや慎太郎君のロングコートの裾が翻りがかっこいい(私、本当にこの演出が好きなのでしょうね)
・「Outrageous」どすんどすんっという重量感、ヒット打つSixTONESは大好物。ロボットダンスと同じく、無機的な動きに表情をもたせるのが本当に上手。メインステージのSixTONESの背後から客席を見渡した一瞬の映像が非常に好きな眺め。SixTONESにも客席にも、誰にも見えない光景。2公演の最後にこのカロリー消費高き曲をもってきてくれたSixTONESのマゾヒスティックさ
・「この星のHIKARI」でシンガロングするところ以外は客席を‘風景‘としてしか映さないところがよいところ

 

どんなにすごい機構を使おうと特効が派手であろうとモニターを大きくしようと、そこに人がいてパフォーマンスをしている事こそが重要で*3、感動はそこにある。立つ場所が変わってもSixTONESがその一事に変わらず誠実で献身的であるということを改めて実感したライブでした。そして映像作品も同じく。映像技術ありきのこれみよがしさがなく、数万人分の3時間を6人で埋め尽くして下さったという事実に忠実でいて、演者、演出、その時間空間の魅力に映像ならではの修飾を施して数倍増させてくれる。そんな、SixTONESソニーさんの創り出した映像作品が大好きです。

  立冬といいながら季節にそぐわぬ暖かさをよいことに秋の便箋に清書し始めた11月8日からほんの2,3日進めずにいたら、急転直下の冬とともにお待ちかね新アルバムのお知らせ、頂きました*4。同日の北斗學園にあった「楽曲の選球眼や価値観」。比較的早期から(私の知る2017年頃には既に)SixTONESのそれが融通無碍で着想の体現にも先輩の換骨奪胎にも秀でていたから、それを享受してこちらの溢れる驚きや共感を送りつけていただけだけれど(笑)、もしそれを”育てた”と言って頂けているのであれば冥利に尽きるというものです。teamが大きくなるにつれ全てを容れるのは難しくなりましょうし、こちらの好みや期待と同じだけではつまらないから、適宜取捨選択してぜひぜひご自分達の好きを第一に追求していって頂きたい、それで驚かせ続けて欲しい、というのがこちらの、一ファンとしての変わらぬ気持ちです。

 その点では「アトリエの前で」第38回はすごく好きな回でした。発売日の朝、まずは電子版で拝見するのですがiPad miniの小さめ画面で見た最初の頁のおどろおどろしさに身震い(笑) 雑誌が届いてから通常サイズで見れば通常営業の松村北斗的違和感演出なのだけれど、この一瞬の狼狽が嬉しかった。内容は一見微笑ましい「演技者松村北斗の萌芽」の話。でも冒頭と末尾の数行(北斗さんの随筆の主題や気分は大体ここに示されていると思っています)に、ここ数回は抑え目だった緊張感や毒が今回はあるようにとれて、そのほんの些細なちくちくした感じを愛好する私には興味深く面白く。北斗さんが今だに虚像と実像との「使い分け」を潔しとできず、「虚像を演じる自分という虚像」をさらに重ねて生み出していることを危うくもとれるでしょうけれど、そんな自分への客観視*5によるバランスと受容、数年前とは異なるゆとりとが文章内に記されているようで、私はその一連の思索を北斗さんの精神の健全さだと考えています。「今の松村北斗」を魅力的に見せ続けるという自意識の酷使は大変な負荷でしょうし、私にとってはその努力こみ、虚像と実像の折り合いに思いをいたしてしまう存在こそが愛すべき松村北斗という人なのです。

ライブや劇場で新年早々にお会いできるのがここ数年の恒例になっていたから来る2024年はちょっと寂しい気もしつつ、皆さんが10代の頃からできなかったご家族やご友人との年末年始をゆっくり楽しめるのでは、などと思うことにしています。SixTONESのメンバーはあまり語らないけれど、世間の風当たりがこれ程強かった事もないでしょうし、私達の知らないところでも支障が生じていることもあるのでしょう。そんな時に精神的に成熟して健全であること、現実に対処する強さを皆さんが示して下さることに(表向きであっても、それができるのは凄いことです)敬服しています。

 思えば北斗さんのお仕事はもちろん、真夏の*6初週末から東京千穐楽と大阪大千穐楽前の公演まで追いかけ堪能できた「ビートルジュース」の興奮、ご本人は緊張したと仰いますが落ち着いた立派なチャンプに慎太郎君の積み重ねの力を感じた「DREAM BOYS」、静謐な異世界を楽しんだ「星降る夜に出掛けよう」、そして昨日は「シェルブールの雨傘」を拝見。ジャニーズ舞台の伝統的ダンスも大好きですが、大勢のダンサーさんを従え自在に暴れ踊るジェシー君、髙地君のジャズ系、大我君のコンテンポラリー系と、SixTONESには珍しいジャンルのダンスを拝見できたのも嬉しかったです。

 ラジオでもテレビでもスクリーンでも楽しませて頂き、ライブ映像やアルバム発売もあって、お陰様でそんな楽しみの点と点を繋ぐようにして人生を送らせて頂いています。ありがとう。自分のできることは限られていますし、ちょっと前には自分のよって立つところに疑いをもってしまったこともありますが、今回は勇気を奮ってもう一度、書いてみてもよいかしら。いつでも、どんな北斗さんも応援しています。     かしこ

*1:R・A・ハインライン夏への扉」だから日本の蒸し暑い酷暑ではなく、北米西海岸の爽やかな夏です(笑) 『ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から二番目に大切な発明までだましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ。』

*2:例えばある時期からの嵐のライブは「Love so Sweet」からのファンが多くて、流れるとぱーっと場内の雰囲気が変わった。それはよいことでもあり、でも古い曲まで掘り返すようなファンが多くはなかったことを表していて。CD以外に旧曲を聴く手段がなかったとはいえ、ちょっと悲しい気もしていたものでした

*3: この手紙、初稿を書いたのは発売翌週水曜(8日)で、10日発売の+actの『中丸の部屋』でジェシー君が全く同じことを言ってらして。パクリじゃないでーす。樹君の回といい、中丸君の連載はちょうどよい距離感かつ憧れのグループの先輩であり、聞き手としても概念や思考の言語化にも優れた方ならではの素敵な内容でいつも楽しみです

*4:だーかーら、早く書けと。今回は円盤見ながらGoogle documenに書き始めて翌週水曜には感想は書き上げていたのです。それが7日昼からの史上最強の腹痛が遷延し…仕事も運動もしてはいたものの、手紙のような頭脳と感情と身体を駆使する作業(笑)は進め難くて結局数日そのままになり

*5:SixTONESの皆さんはその客観視によるバランス感覚に非常に長けた人達だと思います

*6:自分のとれた3公演は全て休演になってしまい落ちこんでいましたが、ありがたいことに同行で入らせて頂くことができたり、知り合いの伝手で誘って頂いたり、怪しい転売に手を出す事もなく、逆に初週末から大阪楽まで公演全期間を見られて嬉しかったです。

064_2023年10月16日_キリエのうた、ガラス花、ジャニーズ最後の日

拝啓 

 例年であれば爽やかに感じる金木犀の香が、今年は暴力的に思える程に強く香ってきます。五感とは、その時節の気分にも左右されるものなのでしょうか。同じく作品のうけとり方も。

キリエのうた

『キリエのうた』公開初日のレイトショーで拝見しました。試写会で観た方の絶賛は把握しつつも、小説版を読んだ方の「覚悟して観ないと」との言葉等、ネタバレ忌避派なのに得てしまった事前情報から観るのをちょっと恐れてすらいましたが、冒頭から覆されました。広がる風景の美しさや風合い、話の間合いや速度から、この映画を好きになりそうと思った開始数分。3時間を経て日付が変わる頃、贖罪、天災、人生の理不尽…重い縦糸に編まれる物語の鑑賞後でありながら、北斗さん=夏彦の在り方に腹落ちしたことで深夜の映画館を出る足取りも軽く、心楽しくなりました。キリスト教の素養もないから「主よ憐れみたまえ」の意図は明確にはわからないし、次に観た時は泣くかもしれないし、憤るかもしれないけれど。今回は自らの”しでかしてしまった”事と災害に翻弄される夏彦の来し方を紐解き、キリエ(路花)とイッコ(真緒里)の関係性を微笑ましく見守り、キリエ(=路花)の音楽家としての成長を楽しむ3時間でした。

印象的だったのは夏彦の内面が語らずして自ずと表れていたこと。葛藤と同居するずるさや小賢しさ。誰もが持つ負の感情。自身のそれも、他人が隠し持つそれにも敏感で、それらを回避せずにきちんと見つめてきた人だからこその人物造形ではないかと勝手に想像し、素晴しいことだと思いまし*1

 例えば友人に伴われて希が登場した瞬間からのぞく夏彦の打算。将来を期待されるプレッシャーこそあ*2、恵まれたお坊ちゃまの「彼氏とかいるの?」と切り出したこずるさの迫真さ*3に膝を打ちました。希に迫られた時の優柔不断で受け身な「えー...」は秀逸で、純と柊麿*4や若き日の夏代と鉄平*5の、女性に翻弄される様*6思い起こさせられたり。実際の北斗さんも時々、相手の出方の強さに気おされて「え…」となっておられること、あるような。

 希の事は好きではあるのだろうけれど、宗教的にも経済的にも女系という点でも、盂蘭盆会の光景から推し図れる潮見家とは圧倒的に異なる小塚家でのいたたまれな*7。幼い路花をかわいがっているし、外面よくそこに居るけれど「アーメン」とごく当り前に祈りを捧げる女性達の中での複雑な表情。駅での見え隠れする後悔。腹をくくったと口では言いながら「また電話するよ」に含まれた迷い。震災がなかったらその後あっさり希を捨てていたのでは、とさえ思えたり。普通の人間の内包する複雑さがありありと表れているように思いました。

 希との関係性を語る上で欠かせなかった性的描写。高校生という前提もあるからでしょうが煽情的にならず、観た後読む派がうっかり開いてしまった小説版の1頁の描写よりあっさりとしていて品すらあるような*8大阪で過去を語る表情も、最後に泣き崩れる様も、石巻へ走るシーンも、悲痛な心情は十分に伝わるけれど過剰にならない。様々な場面での、何か不思議なフィルターでもかけているかのように抑制の効いた感情の表出が私は好きです。

走るシーンは大変なご苦労だったと伺いました。かっこよく走るシーンも勿論よいですが、舞台挨拶で話題にのぼった「徐々に丸くなる背」のような、身体表現の的確さユニークさは北斗さんの強みだと思います。

ライターの相田冬二さんが『ノッキンオン・ロックドドア』第1話終盤で倒理が走るシーンを絶賛されていました。「脇腹を押さえたのは、あの人物が普通の人間であり、また、ある弱さを抱えた者であることを、あくまでも説明せずに、ひとつの予兆やヒントとして(別に気づかれなくても構わないよ、というスタンスと諦念で)塗(まぶ)した表現だからなのだと考えられる」と。これまでアクションを演って頂きたいと再三書いてしまい、「ボクらの時代」で空手の組手すら物騒と思っていたくらい闘うのは苦手と伺って申し訳なく思っていますが、アクションは対戦だけでなく、こういった身体表現も含むのです。北斗さんの独特で秀逸な身体表現をこれからも楽しみにしています。

抑制、品、身体表現と併せてもうひとつの重要で大好きな資質、巧まずして表れてしまうおかしみ。例えば「コメディーシチュエーションだった」と事前に伺って楽しみにしていた夏彦の登場シーンでの真緒里とのやりとりの何となく滲むそれ。これぞ松村北斗の夏彦、壮絶な人生でも100%の悲惨などあり得ないという微かな希望。この作品を深夜に1人で観ても嫌な後味がなかったのはこれらの北斗さんの特性のお陰かもしれませんし、北斗さんの作品を観ていくうえで私にはありがたいことです*9

岩井監督に、撮影終了と同時にまた一緒に映画を作りたいと言わしめたように、全身全霊でお仕事に臨み、ご一緒する方達の固い信頼を得ている北斗さんを誇らしく思います。カメラマンの方がオフショットとして公開された写真がその言葉を頂いた辺りなのでしょうか。クランクアップに立ち会いたかった気持ち、よくわかります。パンフレットで監督の音に対する見識を拝見しましたが、これだけ音楽を中心にすえた作品でありながら台詞が聞き取れないことがなかったことに後から感心したものでした。

余談ですが岩井監督、脚好きでいらっしゃいますか?夏彦のマンションのクローゼットから出てくる希、雪中の素足等、なかなか必要以上に脚を露出されているように思われ。監督自ら「ボクらの時代」で「オタク活動は仕事、職業選択はオタク故」と語っていらしたように、映画制作というのは一種の盲目的な愛好を形にするお仕事ではあろうかと思うのですが、例えば新海監督はご自分の作品の中のフェティッシュ要素にセルフツッコミしながら上手に足し引きされる方で、蜷川実花監督はフェティッシュ全開上等、それこそ制作意義とされているように思っていて、さて岩井監督についてはなんと評したらよいものでしょう(笑) 

 一部で物議を醸しているらしい罹災時の”服装”といい、波田目社長に襲われるシーンといい、アイナさんにはその点でも初演技にしてなかなかの大変な役でしたよね。希の自分の欲求に素直で素朴でありながら強かな人物像が強烈で*10路花の柔軟さや繊細さとの演じ分けは凄かった。一番好きだったのは高校生の路花が帯広の夏彦の家で1人別室で踊るシーンで、アイナさんの技術が路花の孤独を最大限に表現しているように思いました。路花の在り様も私がこの作品をファンタジーのようにうけとった要因と思うのですが、何よりイッコ=広瀬さんのファンタジー全振りが大きかった。素の真緒里の美しさ、結婚詐欺という生生しい犯罪、刺される末路もありながらのイッコの外連味の強さと非現実感。広瀬さんは常々”映画女優”だと思って拝見していたのですが、すごい存在感でした。逆の意味で、うっすら不精髭で日常生活をこなしながらも憔悴と後悔の果てに若いのに疲れが沁みついたような顔をさらし、美しく存在せずとも役柄を成立させた*11北斗さんも素晴しかった。お二人とも美しい外見故に不当に演技を割り引いて評価されがちだと思っていましたが、最早アイドル俳優とは誰にも言われないと思っています。

ガラス花

 北斗さんのソロについて語るのは難しくてここまで避けてきてしまいました。伝えるという事に心を砕き、伝わらなかった事実があれば自責の念を持ちそうな人の作品の、含意を読み間違える事への恐れ故。ましてや「初のオリジナルソロ曲」カバ―曲のソロパフォーマンスとは思い入れも段違いでしょう。しかも平素「魅力的な作品の一部でありたい」と語る人の珍しきど真ん中「テーマ・松村北斗」。当初アイナさんには聞かず嫌いの苦手意識があり*12、最初から怖気づいていました。今となっては全く気にならなくなった事ではあるのですが、北斗さんの語る制作意図は当然きちんと読み込んで額面通りに受取った上で、それでも「自分の好きな人だけ見てその声だけ聴いていられる至福の時間であろうソロ曲」で「自分より近い他の誰か」を想起されられて心傷める女の子がいたら自分もいたたまれないだろうなと思ったことも、正直にいえばありました。そのような理由もあって、数十回聴き、記事を読み、メイキングを視聴しMVを観て、それでも語り難くて映画を観てからと先延ばしにしていたこの曲の感想(いや、義務じゃないし(笑))

アイナさんが「夏彦さんと松村さんとの境界が曖昧」と仰っていたこの曲。夏彦の希への心情を重ねれば「咳払いでは拭えぬもの、全て投げ捨てて叫びたいけれどちっぽけな」僕は「とんでもない事をしでかしてしまった」浅慮を悔んでいるのか。「枯れずに割れた」のは別れの意思などなく災害に巻き込まれいなくなった希、「まだそちらには いけないよ」とは希なき今を後悔と贖罪の気持ちで生きる夏彦の、訥々とした自嘲めいた諦念とも思える。

「僕の事を笑ってくれよ」は『ザ松村北斗』感。素朴で繊細で純粋無垢な世界を真っ直ぐ歌う愚直な生真面目さも北斗さん的なような。一瞬己を解放するかのように声が広がり感情が奔逸するけれど、雨垂れが水たまりに作る波紋のように静かに拡がり静謐に収束していく。半径およそ4mに1人踊る様は、「あやめ」*13で花を叩きつけ走る姿とも、「みはり」*14の怒り、嘆き、ステージから飛び降り消える衝撃とも異なる、抑制的なシンプルさ。動きの柔軟さ大きさ、表現力は当時に比べて圧倒的に熟練している。私はステファン・ランビエールというフィギュアスケーターコンテンポラリーダンス的表現が大好きなのですが、彼曰く「かなり身体的に忍耐を必要とする動きで、コントロールを強いられつつもノーブルな動作を目指している。それをコントロールできている快感を覚えつつ、観客の前で脆さや危うさを感じる時間もあり、それがとても愛おしい瞬間がある」と。簡潔と抑制の中にそんな没頭する楽しさがあるのだろうなと想像してみたり。でも、わかった気になっているだけかな。ソロ曲はやっぱり、難しい…

映画を観たことで、北斗さんのアイナさんへの尊敬の念も、この作品の概念や思い入れも少しはわかれたように思うし、自分のアイナさんへの苦手意識もなくなりました。もしライブでソロの時間があるならば、全編松村北斗色の「ガラス花」を披露してくださるのではないかと思ったり、演出を想像してみたり。よくも悪くもディレクションに忠実でアイナさん色の強い歌唱やダンスとも、また違う表現をいつか拝見する機会があるならそれも楽しみです。

最後に

前にお手紙さしあげた7月末には想像もしなかった世界がやってきてしまいました。明日で『ジャニーズ事務所』という宛先を書けなくなることが理由で今回は初見でのまだ浅薄な『キリエのうた』の感想をお送りすることになり恐縮です。昨日の舞台挨拶で笠原さんや広瀬さんが絶賛されたという”靴紐”のシーンも、確かに見ていたのに聞いて初めて意識したので、よいスクリーンでかかっているうちにまた観に行きますし、新たに思うことあればまた書かせて頂くかもしれません。映画を観たからには懸案の(いや、私の内心でそうだっただけですが)『ガラス花』の感想も書こうと思ったのもありますが、整理されていなくてごめんなさい。『CREAK』とそのカップリング、『ノッキンオン・ロックドドア』のことにも触れたかったのですが、早くしないと『慣声の法則』の円盤、アルバム、ツアーが続々やってくる(そう期待してよいかしら)から、とにかく今のこの瞬間の感想を認めました。

名前を奪われ恩人を否定することを強いられ、楽曲を封印させられ、明日の所属も不明瞭な状況下で、ジャニーズ事務所に所属される方達が全くへこたれずにそれをエンタテインメントにまでしてしまう強さに私も救われています。できる限りの応援はする心づもりですし、おかしいことはおかしいと言いたいのでお目汚しの呟きが増えてしまいフォロワーの友人達にも申し訳なく思ってはいるのですが。思えば歴史とは一人の人間の嫉妬や思い違い、自己顕示や承認欲求のようなつまらない事で動いてきたもの。一分野の代名詞となるに至ったジャニーズという組織の壮大な叙事詩の一幕を鑑賞するように事の経過を見守ろうと思っています。大好きだったジャニーズはなくなってしまいますが、SixTONESとスタッフの皆様は”こっから”ですよね。”やがて来る明日を楽しみに”。

時節柄、北斗さん、メンバーの皆様、スタッフ各位にはどうか心身ともに健やかであられますよう心から祈っております。                    かしこ

 

(いつも最後に「いつでも、どんな北斗さんも応援しています」と書いているくせに、「ガラス花」に関して自分が抱いてしまった感情が一時とは言えそれを否定してしまうものだったことが情けなく、恥ずかしいのと誠実さを欠くように思って、今回は書きませんでした。 だから決め台詞みたいなのやめとけばよかったのに、みたいな内心のツッコミもありつつ…)

 

15日に一日がかりで書きあげて、深夜1時にこれでよし、と寝たのですが、16日朝改めて目を通すと深夜の文章はだめですね。失礼がありましたら申し訳ありません。。「キリエのうた」の小説も読みます。解釈変わるかな。書店でぱっと開き、見開きのみ読んでいたのです。

*1:慎太郎君が山里さんを演じるにあたって嫉妬や劣等感を「学習」せねばならなかったというのも負の感情満載の私には驚きでしたが

*2:ト書き的に示さずとも、加寿彦伯父の言葉と家庭教師の数から自ずと知れる脚本のよさですね

*3:医学生達の生態を間近に見てきたので…

*4:『恋なんて、本気でやってどうするの?』

*5:『一億円のさようなら』

*6:柊麿は危険な男とされていましたが、来る者を拒まなかっただけでどちらかといえば巻き込まれて女性に翻弄されていますよね

*7:これは全くの余談ですが、名を名乗るシーンに「すずめの戸締まり」を思い出して、いつも自己紹介しているなとちょっと笑っちゃいました

*8:北斗さんは他の作品でもそうですよね。それが演じ手として嬉しいかどうかはわかりませんが、私にはありがたい

*9: そういえば、アイナさんも、大切な人の不在を歌う「ずるいよな」を北斗さん=夏彦が歌うと爽やかなラブソングみたいになると仰ってましたね

*10:自分がそうなり得ないタイプだから余計に思うのかもしれませんが

*11:アイドルが演技にあたり役とそぐわぬきれいさ(普通の会社員男性がアイラインしいれていたり)のような嘘を纏わされてそれが実力を見誤らせているように思えて製作陣に怒ったりしていたこともあり(笑) 

*12:UAさんやCoccoさん、CHARAさん等個性的なシンガーはもとより、みんな大好きZARDの坂井さんやAIさんすらちょっと苦手という私の歌い手の好みの狭さもあってのことです。ところで、aikoさん、あいみょんさん、アイナさん…北斗さんの公言する好きな女性シンガー、見事頭韻踏んでいる上に皆さん大阪女子ですね(笑)  

*13:2018年3月26日『ジャニーズJr.祭り2018』SixTONES単独公演 松村北斗ソロ

*14:『CHANGE THE ERA -201ix-』 松村北斗ソロ